送り火に思う――「貧すれば鈍す」では困る
今日はお盆の最終日。京都の夜空には「大」「妙」「法」、そして「船形」「鳥居形」。五つの山に炎が浮かび、ご先祖の霊を彼岸へ送る「京都五山送り火」である。
その起源には諸説ある。平安時代、弘法大師・空海が始めたとも、室町時代、足利義政が我が子を弔うために始めたともいう。天下の都・京都を代表する行事なのだから、起源ぐらいは一つに決めてほしいものだが、私は古い方を取る。弘法大師説でよい。
さて、送り火を眺めながら、どうにも送り出してしまいたいものがある。
新聞の「ご都合主義」である。
新聞命の私だからこそ申し上げる。
朝日、毎日は長く権力を監視し、社会的弱者や働く側に寄り添うことを使命としてきた新聞だと思っている。消費税についても、導入以来、その逆進性や景気への悪影響を厳しく問い続けてきた。
ところが、高市政権が公約実現に向け、来年4月から2年間、飲食料品の消費税率を1%へ引き下げる方向に踏み込んだ途端、どうだ。
小売業界の戸惑い、外食産業の懸念、財源への不安――減税に否定的な材料が紙面に並ぶ。
ちょっと待て。
食料は庶民が生きる糧である。完全なゼロではなく1%、しかも2年間限定とはいえ、消費税導入以来初めて、本格的な「減税」に政治が動こうとしている。
ならばまず、「一歩前進」と評価するのが、これまで減税を求めてきた新聞の矜持ではないのか。
政権がやれば反対、野党が言えば賛成。それでは「是々非々」ではなく、「誰がやったか」で論調を決めていると思われても仕方がない。
だから新聞が信頼を失うのだ。新聞命の私には、それが何より悔しい。
返す刀で野党にも申し上げたい。
中道改革連合、立憲民主党、公明党による合流協議は、8月末までの方向性を目指しながら、立憲内部では慎重論が噴き出している。
政権を監視する健全な野党は絶対に必要である。私は心からそう思う。だからこそ、政策より党内事情、国家より選挙、自分たちの看板ばかりを気にして右往左往する姿が情けない。
「貧すれば鈍す」という言葉がある。
支持を失えば判断まで鈍る。部数が減れば論調まで意固地になる。そんな悪循環に陥ってはいけない。
今宵、京都の山々に送り火が灯る。
久しぶりに此岸へ帰ってきた鬼籍の政治家たちも、今の永田町と新聞界を見下ろしていることだろう。
「おいおい、これでは安心して帰れんぞ」
そんな声が聞こえてきそうだ。
送り火で送るべきは、ご先祖の御霊。
一緒に燃やしてしまいたいのは、政治と新聞に巣くう「ご都合主義」である。Goto


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