―デジタル空間に必要な人間の目―
SNS、そしてAI。いま子どもたちは、学校の教室よりも広く、家庭の居間よりも近いデジタル空間で、多くの情報や人とつながっています。
そこには大きな可能性があります。知りたいことをすぐに調べられる。遠い世界に触れられる。学びの苦手を補い、創作の力を広げる。AIは、使い方次第で子どもの未来を照らす道具になり得ます。
しかし、光が強ければ影もまた濃い。際限なく流れてくる動画、興味を先回りして示す「おすすめ」、見知らぬ人との接触、誹謗中傷、偽情報。そして、人のように応答するAIに心を預けすぎてしまう危うさ。発達途上の子どもの心身に、どのような影響を与えるのか。世界はいま、真剣に考え始めています。
欧州では、子ども向けの安全な設計を企業に求め、依存を招く機能やAIチャットへの対策を含む包括的な法整備が進められています。オーストラリアは十六歳未満のSNS利用に年齢制限を設けました。英国も同様の規制を検討し、恋愛や性的関係を疑似体験させるAIへの厳しい姿勢を示しています。
米国カリフォルニア州でも、対話型AIをめぐる痛ましい事例を受け、子どもの自傷や自殺を誘発しないための安全策、保護者の機能、相談窓口への誘導などを企業に求める法律が整えられました。
私は、SNSもAIも、ただ禁止すればよいとは思いません。水を怖れて子どもに泳ぎを教えなければ、かえって危険であります。大切なのは、危ない流れに近づかせないこと、泳ぎ方を教えること、そして事故を起こしかねない事業者には厳しい責任を負わせることであります。
国は、子どもの脳の発達、睡眠、心の健康、孤立との関係を、国家的課題として研究すべきです。その上で、過度な利用を促す仕組みや、有害な対話を生むサービスには、毅然として規制と制裁を加える。子ども本人を責めるのではなく、利益を優先して危険を放置する提供者を正す。この考え方が日本にはふさわしいと思います。
人間学の立場からいえば、志、判断力、節度、自らを律する力は、機械が代わって身につけてくれるものではありません。最後に自分を守るのは、自分の心を磨く力であります。
AIを使うのは人間です。SNSに振り回されるのではなく、使いこなす人間を育てる。子どもを守りながら、その未来の可能性を決して閉ざさない。日本も、そんな知恵あるデジタル社会を築かなければなりません。Goto


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