農相更迭、やれやれ、という思いが残ります。
簗和生農林水産大臣が、10月14日、辞表を提出しました。自身を選挙で支持しなかった自治体の道路予算を「カットした」と地元で語った問題が、週刊誌で報じられたのは9月30日。
国土交通省は、簗氏から予算配分について問い合わせがあったことを認めています。ただし、予算が発言どおりに動かされたのか、報復だったのかは、十分な説明が必要です。
それにしても、なぜ辞任までに二週間近くかかったのでしょう。報道の直後に、本人が事実を明らかにし、責任ある判断をしていれば、国会でこれほど長く同じ問題を議論することもなかったはずです。国会は、国民の暮らしや日本の将来を審議する国の最高機関です。大臣の進退をめぐって時間が費やされたことに、むなしさを感じます。
もちろん、問題を追及する野党にも、国会で説明を求める役割があります。一方で、問題が明らかになった時点で結論の見えているような事柄に、いつまでも審議が費やされるのは残念です。
国会の会期は限られています。この停滞が、ほかの重要課題の議論を短くしてしまうのではないか。そんな疑念を抱かずにはいられません。意図的に長引かせたと決めつけることはできませんが、政治が自ら招いた混乱によって、国民に必要な審議が後回しになるのなら、深刻なことです。
国会議員は、地域の声を国に届けるために選ばれます。自治体の要望を政府に伝えるのは当然の仕事でしょう。しかし、自分を応援しなかった自治体の予算を削ると語ったのなら、それは地域の代表としての役割を取り違えています。予算は、議員個人への忠誠に応じて配るものではありません。住民の暮らしを支え、地域の課題を解決するための、国民の税金です。
当選を重ねるうちに、政治家は何を得て、何を忘れてしまうのでしょうか。選ばれたことを、自分の力が認められた証しだと勘違いする。役職を、自分の力を誇る道具にする。そこにあるのは、経験の長さではなく、人としての未熟さです。政治家に必要なのは、地位の高さではありません。権力を預かる者としての節度と、間違いを認める勇気です。
そして、その人物を大臣に選んだ高市首相の任命責任も問われます。首相は任命責任を重く受け止めると述べましたが、辞表を受け取るまでの対応に、私は期待していただけに落胆しました。政治を動かすには、問題が限界に達するまで待つのではなく、早く判断し、説明する決断が要ります。
政治家の質を見抜くのは、最後は私たち有権者です。政治に無関心でいることは、政治を誰かに任せきりにすることでもあります。どんな国にしたいのか。誰に託すのか。選挙の時だけでなく、日頃から考え続けなければなりません。
高市内閣には期待しています。だからこそ、今回の一件を一人の大臣の辞任で終わらせてほしくない。政治家が権力の使い方を誤り、政権が判断を先送りし、国会が大切な審議の時間を失う。その姿を、国民は見ています。国民の信頼を取り戻すには、言葉ではなく、まっとうな判断を積み重ねるしかありません。Goto


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