文化の扉

新聞って楽しいですね。斎藤道三は二人いた?松尾芭蕉は隠密だった?
朝日新聞、毎月第一月曜日に掲載される「扉」シリーズは読み応えがあって面白い。我が故郷に絡む話題を二題。6/2の「文化の扉」では司馬遼太郎が「美濃を制する者は天下を制す」と「国盗り物語」で取り上げた斎藤道三は一人、一代の話ではなく、実は親子二代の出来事だった・・
「岐阜県史」編纂中に発見された「六角承禎条書写」で明らかになったと・・・そもそも道三は美濃の主君を追放し下克上で「国を盗んだ」として、評判よろしからず、戦国の世の英雄、信長の脇役、息子義龍に長良川の戦いで戦死、「因果応報」という観点で江戸期以降、必要以上に貶められてきたのだが・・・・
「文化の扉」では、そんな「蝮の道三」のイメージを払拭した内容。一人説か。二人説かの議論が沸騰すればまさに「文化の扉」が開くのですが。そうなると、岐阜市民に定着している「道三まつり」も怪しげになってくる・・・・
9/1の「文化の扉」は俳聖・松尾芭蕉をフォーカス。奥の細道の目的は何だったのか。旅の道程、弟子の過去を知るにつけ、芭蕉は不穏な動きを見せる仙台藩の探索のために旅をしたのではないか。・・隠密だったのでは?(このブログを仙台で書いているのも不思議ですが)・・・
そもそも彼は忍者の里、伊賀の出身。譜代の大垣藩は、交通の要所に位置し、諸国の情報を収集して幕府に送っていた・・・・度々大垣藩士と開催した連句会もその打ち合わせではなかったか。だから、旅の終りが大垣だったとの説。なるほどと思う・・・・となると、大垣市にできた「大垣市奥の細道結びの地記念館」に足を運ぶ必要がある。
新聞って凄いと思いませんか。私は新聞を開くのが毎日楽しみで仕方がありません。Goto

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