さぁ本を読もうじゃないか。

図書館が、賑わう街は豊かな街である。

突然ですが、あなたは月に何冊、本を読みますか?私は遅読です。読みたい本は次々現れるのに、なかなか進まない。しかも昔から、買った本はもったいないから隅から隅まで読まねば気が済まない。月に5〜10冊は買うのですが、積ん読が増えるばかりです。

それでも、この歳になって思う。良書に触れることほど大切なことはない。

錆びかけた頭に、新しい油を差す。本を開けば、古今東西どこへでも行ける。歴史上の人物とも、世界の知性とも対話できる。「百聞は一見にしかず」と出掛けることも大切だが、本の世界はもっと広い。老いてようやく、その味が分かってきました。

振り返れば、私は学生時代、学校の図書館にはほとんど足を向けなかった。貧しい家庭ではあったが、親父殿は本代だけは惜しむなと。上京するときも「仕送りの一割は本を買え」。ありがたい親でした。京王線千歳烏山駅前の相沢書店が馴染みとなり、水道橋界隈の書店巡りが楽しみでした。

ところで、日本には「学校図書館法」があります。昭和28年制定。その第3条には、実に明快にこうあります。「学校には、学校図書館を設けなければならない。」図書館は余裕があれば置く施設ではない。教育に欠くことのできない「知のインフラ」なのです。

戦後1948年に設立された国立国会図書館。その法律の前文には、「真理がわれらを自由にするという確信に立つて」、日本の民主化と世界平和に寄与することを使命とするとあります。

重い言葉です。
本を読む自由。知る自由。学ぶ自由。それは財布の厚さによって左右されてはならない。だからこそ、誰もが本に出会える図書館には大きな意味がある。地方の図書館が本を借りるだけの場所ではなく、子どもも高齢者も集い、人と人がつながり、地域の「知」が行き交う場所になればいい。

出版不況の一方で、新刊本は随分高くなりました。ならば、なおさら図書館の出番です。

図書館が賑わう街は、豊かな街である。

そう思います。多忙だから本を読めないのではない。本を読む時間をつくらないから、多忙に流されるのではないか。一日30分でもいい本を読もう。本屋に寄ろう。図書館に足を運ぼう。そして一冊の良書と出会おう。

本を読むことは、己を磨くこと。
己を磨く人が増えれば、地域が豊かになる。
地域が豊かになれば、この国も豊かになる。さあ、本を読もうじゃないか。Goto

コメント