読書は国防である

酒なくばなんの己の命かな。

昨夜は禁酒。最近は酒量もめっきり減り、五勺も飲めばほろ酔いになる。それならいっそやめてみようと思ったら、驚いたことに眠れない。

「酒なくば、何の己の命かな」
かつての豪語を思い出し、やはり酒は百薬の長であったかと、妙に納得した。もっとも、眠れないおかげで久しぶりに徹夜で本を読んだ。禁酒が身体に良いのか、悪いのか。笑ってしまう。

いや、禁酒の話ではない。読書の話である。
戦国の三英傑が天下統一への道を切り開き、家康はその仕上げとして、学問を重んじる世を築いた。二百六十年以上に及ぶ徳川の泰平は、武力だけで保たれたのではない。藩校や寺子屋が全国に広がり、武士のみならず庶民も読み、書き、そろばんを学んだ。その教育の裾野の広さが、明治維新という大変革を受け止める国民の力になったのである。

幕末の江戸には八百軒ほどの貸本屋があったとされる。高価な本を庶民が借り、回し読みし、知識や物語を楽しんだ。当時の日本は世界でも有数の識字社会であった。近代日本の飛躍は、明治になって突然起こった奇跡ではない。江戸の町や村に蓄えられた「学ぶ力」が、一気に花開いたのである。

ところが、その読書大国が今や危うい。かつて二万軒を超えた全国の書店は大幅に減り、今では七千軒余りとの調査もある。大学生協の調査でも、一日の読書時間がゼロという大学生が四割を超える。スマホで情報はいくらでも手に入る。しかし、短く、刺激的で、自分に都合のよい情報ばかりを追っていては、知識は増えても思索は深まらない。

こんな言葉に触れ、ハッとした。
「読書は国防となるのです。書店数の激減は、我が国の将来にかかる暗雲といえます」
国防とは、武器をそろえることだけではない。物事を疑い、考え、歴史に学び、他者の痛みを想像できる国民を育てることも立派な国防である。考えない国民は流言に惑わされ、甘言に踊らされ、国の針路さえ誤る。

『礼記』の「学記」にある。
「玉、琢かざれば器を成さず。人、学ばざれば道を知らず。是の故に古の王者、国を建て民に君たるには、教学を先と為す」

人は、生まれたままで完成品ではない。読書によって自分の浅さを知り、異なる人生に出会い、心を磨く。その営みこそが自己陶冶である。本を読むとは、他人の知恵を借りて、自分という人間をつくり直すことなのだ。

今さらではない。今からである。官民挙げて、家庭でも学校でも職場でも、「本を読もう」と愚直に言い続けねばならない。一日十分でもよい。一冊の本が、一人の人生を変え、その一人が会社を変え、やがて国を変える。

それにしても、徹夜明けで眠くなってきた。だが、頭は妙に冴えている。
老人に禁酒はあかんかもしれぬ。しかし、禁読はもっと、あかん。Goto

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