憤り

社会情熱を持ち続けたい。
久しぶりに、岐阜の歓楽街、夜のネオン街を歩きました。
あの路地も、あのビルも、この路地も、この看板も、足げく通った十年ほど前の佇まいのまま。
しかし、往時の面影はどこにもない。居酒屋の暖簾は破れ、看板は倒れ、街路灯のペンキは剥げ落ち、人気はなく、街角にはゴミが散乱し、荒んだ臭いが充満する。辛うじて営業する呑み屋に客の姿はない。頑張っているのに。
ビルのネオン看板もまばら、歩行者天国の屋根から、雨水が落ち寒々とする。
こんな街に誰がした。やり場のない憤りに、賑わいの日々を思い出す。
「チェ!来なきゃ良かった」と、目当ての店の閉鎖の張り紙に舌打ちしながら、経済学の始まりは「みすぼらしい街の汚さと、萎びた生活の侘しさに憤る社会情熱である」。と語った公共経済学の大家の説を思い出す。
この街に生まれ、育てられて60年。歳のせいもあるが、飲み仲間が次々に他界したのと、股関節の人工手術での入院と重なり、足が遠のいた僅かの間に、夜の街がここまで寂れてしまうとは。
生活様式が。車社会が。酒の飲み方が。若者が。時代が変わったと、一言で片付けるのはた易いが、歓楽街が寂れれば、それに代わる町の変化が起こっても良いのではないか?
商業集積地としての昼の柳ヶ瀬にも変化はない。「夜が一番暗くなれば夜明けに近い」と言う。私は十二分に寂れたと思えるのだが。まだ、寂れの途中なのかも知れないと思いつつも。
この街には、「みすぼらしい街」への憤る社会情熱はないのか。と、腹立たしい。
大家の逆説だが、社会情熱のない街は、そこに住む人たちの生活も萎びると思う。
歓楽街が復活すれば、時代が元に戻り、街が元気になるわけではないが。
これだけは、間違ってはいない気がする。
卓越した社会と、退行的で堕落した社会とを分けるものは、起業家精神を発揮する機会に恵まれているか?どうか?で決まる。
起業家を支援する思想が街に溢れていれば、そこには活力がみなぎり、街が元気になり、歓楽街も賑わいを取り戻すことになる。果たしてこの街に、起業家を育てる風土はあるのか?
残念ながら、過去形だが。私は有ったと思う。では、なぜ、今はないのか?その理由は。
みすぼらしい街の汚さに憤る社会情熱を持った為政者がいなくなったからに他ならない。
その責任は、為政者の側に立ちながら、かつ、萎びた生活に満足しつつある団塊世代にあるとしたら、市井のおっさんではあるが、私もその責を負わねばならない。
人生そんなに、何時までも、第一線で働けるわけでもあるまい。
憤りを持って、起業家を支援する一人でありたい。
                         Goto

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