たかが新聞、されど新聞である。
「新聞命」と言うと、時代遅れだと笑われるかもしれない。しかし、私は敢えて言いたい。新聞を読まなくなった国は、やがて思考を失う。広告を生業とする者が新聞を読まなくなれば、それは商売の根っこを失うことだと。
我が社では、20年ほど前から、朝日新聞の朝刊一面の名物コラム、天声人語の書写を推奨してきた。もちろん強制ではない。だから、今も続けている人は決して多くはない。それでも私は、この取り組みに大きな意味があると思っている。
なぜか。
広告会社とは、地域を知り、人を知り、世相を知り、時代を読む仕事である。商店街の小さな店の悩みも、大企業の戦略も、人口減少も、教育問題も、政治も、文化も、全部つながっている。社会を知らぬ広告屋に、良い提案などできるはずがない。だから私は、学びの基本は新聞にあると思っている。
ところが、バブル崩壊以降、新聞離れは止まらない。今や未購読世帯は7割を超えたとも言われる。新聞存亡の危機である。しかし、だからと言って新聞の使命まで消えたかと言えば、断じて違う。
権力への監視。社会悪への警鐘。災害や事件の検証。現場へ足を運び、人に会い、裏を取り、事実を積み上げる。記者が書き、デスクが読み、校閲が点検し、ようやく紙面になる。これほど手間暇を掛けた情報媒体は他にない。SNSの断片的な情報とは、重みが違う。
私は日々、六紙に目を通す。現役アドマンなら当たり前だと思っている。新聞が読めなくなったら終わりだ。いや、読まなくなった時点で、感性も、知性も、仕事の深みも痩せていく。たかが新聞、されど新聞である。
特に好きなのが、一面コラムだ。
新聞社の思想や哲学が、最も色濃く出る場所である。短い文章に、教養と皮肉と温度が凝縮されている。まさに文章の真剣勝負だ。
8日の毎日新聞「余録」は、米CNN創業者、テッド・ターナー氏の死去を取り上げていた。衛星放送を使い、24時間リアルタイムで世界を結ぶ「グローバルニュース報道」を築いた異端児。ベルリンの壁崩壊、湾岸戦争開戦を世界へ生中継した功績を称えていた。
読んでいて、ふと思い出した。そうだ。1991年、私はイスラエルでCNNの取材を受けたのだ。放送されたかどうかは分からぬ。しかし、世界が激動する現場に、CNNがいた。その存在感は圧倒的だった。
読売新聞の「編集手帳」も味わい深い。人間を掘り下げる筆致が好きだ。同じ日の編集手帳は新茶の話題。「点心はまづしけれども新茶かな」という、芥川龍之介の句を引用しながら、新茶文化を綴っていた。
「点心」とは、本来は禅寺で空腹を満たす軽食を意味する。質素な菓子や食事である。その簡素な点心と、新茶の香り。日本人の美意識が漂う。しかも、日本茶の輸出が伸びている一方で、「本当の新茶の旨さは、あまり外国人には教えたくない」と結ぶあたり、何とも粋である。さすが編集手帳氏だ。
そして、我が社で書写を推奨している天声人語。
今月から執筆陣が変わった。新たに加わったのは、朝日新聞デジタルによれば、編集委員の高橋純子氏、政治部出身の清水大輔氏、国際報道畑の峯村健司氏らである。それぞれ論客として知られ、筆致にも個性がある。
8日の天声人語は実に朝日らしかった。
1985年、「ミスター検察」と呼ばれた伊藤栄樹検事総長の三つの信条――「巨悪を眠らせない」「被害者と共に泣く」「うそをつかない」を引きながら、大阪地検元検事正による女性検事への性的暴行事件を取り上げていた。
男は当初罪を認めながら、後に無罪を主張。被害女性は「もう耐えられない。生き地獄から解放されたい」と涙ながらに訴え、職場を去った。
検察とは何だ。
巨悪を倒すのではなかったのか。
被害者と共に泣くのではなかったのか。
そんな怒りと嘆きが、文章の底流に流れていた。
私は思う。再審制度見直しが遅々として進まぬのも、検察組織の面子が根底にあるのではないか。誤りを認めぬ体質。権威を守ろうとする構造。この国の病巣は、案外そこにあるのかもしれない。
そこまで読み込んで、社員たちが書写をしているかは分からない。しかし、文章を書き写すとは、単なる字の練習ではない。行間を読み、社会を考え、自分の頭で咀嚼する営みである。
新聞を読むとは、人間を知ることだ。
私はそう信じている。
SNS全盛の時代である。短い言葉が飛び交い、感情が増幅され、真偽不明の情報が溢れる。だからこそ、腰を据えて新聞を読む価値がある。一面コラムを味わう価値がある。
新聞は、社会の鏡であり、時代の記録であり教科書なのだ。だから私は、今日も新聞を開く。そして思うのである。新聞がある限り、日本はまだ踏ん張れる、と。Goto


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