菜の花忌

国のかたちを誰が真剣に考えているのか?

司馬遼太郎没後30年。
本来であれば、もっと大きな「偲ぶ催し」があって然るべきだと思うのだが、世の中は驚くほど静かである。司馬遼太郎の作品をむさぼり読み、胸を滾らせた世代としては、「菜の花忌」にこの静けさがどこか寂しい。あの文章には、人を奮い立たせ、志を呼び覚ます火があったはずだ。

思い起こすのは、彼が遺したメッセージ
「21世紀に生きる君たちへ」である。

「人間は自分で自分をつくる。歴史は一部の英雄ではなく、無名の人々の積み重ねによって形づくられる。国家とは制度ではなく、人間そのものである」司馬は、国家を語りながら、常に人間を見ていた。

古い話がある。
まだ55年体制が色濃い頃、社会党に勢いがあった時代だ。飛鳥田一雄が党首となった後、社会党書記局から司馬遼太郎を委員長にとの動きがあった。実現していれば。

背景には、彼の随筆『この国のかたち』があった。司馬は、日露戦争後の1905年から終戦の1945年までの40年間を、日本史の連続性を断ち切った「異胎の時代」と呼んだ。本来の歴史の流れを見失い、無理な国家像へと突き進んだ時代である。この視点は、閉塞に苦しむ社会党の青年層に共感を呼んだ。しかし、その構想は霧散する。制度や利害に縛られた世界には、歴史を俯瞰する眼がなかったからだろう。

さて、現代である。
我々はいま、AI革命という産業革命以来の大転換期に立っている。
にもかかわらず、小学校では未だに計算ドリル中心の教育が続く。世界がAI教育に必死で取り組む中、日本ではその議論すら十分に俎上に載らない。

もし司馬遼太郎がこの状況を見たなら、何と言うか。「この国は、また“かたち”を見失っている」そう静かに、しかし厳しく警鐘を鳴らすのではないか。

明治維新は、旧来の制度を壊し、新たな国家像を模索した時代であった。いま起きていることは、それに酷似している。従来のレジームも、技術体系も、確実に崩れ始めている。

だが今回は決定的に違う。
人間が担ってきた多くの役割を、AIが肩代わりする時代である。これまで日本人は、目的やルールが明確なものを尊び、曖昧なものを軽んじてきた。しかし、その「明確な領域」こそ、AIが最も得意とする分野だ。

ならば、人間は何をすべきか。答えは明快である。「問いを立てる力」だ。何のためにやるのか。どこへ向かうのか。その問いを自ら立て、実行し、結果に責任を持つ。

司馬が描いた人物たち――坂本龍馬、秋山真之――は皆、与えられた枠に従った人間ではない。自ら問い、自ら道を切り拓いた。

国家とは制度ではない。
人間の集積である。であれば、この国の未来は教育にかかっている。知識の詰め込みではなく、問いを立てる人間を育てる教育である。司馬遼太郎の史観は、いわば文明史観であった。彼が見ていたのは、国家の盛衰ではない。
人間の質である。

没後30年。
我々はいま、再び「異胎の時代」に立っているのではないか。しかし今回は違う。外から強いられたものではなく、自ら選び取ることができる転換期である。この国のかたちは、誰かが決めるものではない。
我々一人ひとりの問いと行動が形づくる。あの時、司馬遼太郎の言葉に胸を熱くした我々の世代こそ、次の世代に火を渡さねばならない。もう遅過ぎるかも知れぬが。

司馬遼太郎の忌日・代表作「菜の花の沖」にちなんで「菜の花忌」
それは忘却ではなく、試されている時間なのかもしれない。いまこそ、問われている。「あなたは、どう生きるのか」と。Goto

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