あなたは「感謝」を人生のどの位置に据えているか?
明日は母の日。さて、あなたは「お母さん」にカーネーションを贈りますか。もじもじしないで下さい。答えは一つ。形はどうあれ、感謝は必ず届けたい。ただ、それは花一輪で済む話ではない。だからこそ、人は花に託すのだと思う。
母の日にカーネーションを贈る由来は、アメリカの女性、**アンナ・ジャービス**に遡る。亡き母を偲び、教会で白いカーネーションを配った。その純白の花が「母の無償の愛」を象徴し、やがて健在の母には赤を贈る習慣へと変わっていった。白は追慕、赤は感謝。色に意味を宿すところに、人の心の機微がある。
カーネーションは、ナデシコ科の多年草。学名は**Dianthus caryophyllus**。地中海沿岸を原産とし、古代より人の暮らしに寄り添ってきた。フリルのように重なる花びら、柔らかくも芯のある佇まい、そして何より花持ちの良さ。切り花にしても長く咲き続けるその姿は、「尽きぬ思い」を映しているかのようだ。
愛知県豊川市では、5月に入りポットカーネーションの出荷が最盛期を迎える。14戸の生産農家が、温室6棟で35品種、実に45万鉢を送り出すという。
今季は燃料費の高騰、渇水と、決して楽な年ではなかった。それでも花摘みの時期を見直し、手間を惜しまず、昨年以上の品質に仕上げた。「花で感謝を伝えてほしい」との言葉には、作り手の矜持がにじむ。花は自然の産物であると同時に、人の手と心で育て上げるものだ。
カーネーションは「感謝の象徴」と言われる。しかし、その本質はもっと深い。長く咲く──それは継続する愛。色で意味が変わる──それは心の在り方が結果を変えるという教え。手入れが要る──それは人もまた、磨かねば枯れる存在であるという戒めだ。ゆえに、この花は語る。「感謝は、与えられるものではなく、育てるものだ」と。素晴らしくないですか。
赤は愛と感謝、白は追慕、ピンクは温もり。だが黄色だけは気をつけたい。花言葉は軽蔑、嫉妬。同じ花であっても、色ひとつで意味が真逆になる。この事実は、人間関係の機微そのものだ。言葉も行いも、受け手によって意味を変える。だからこそ、心を込めねばならぬ。
我が社、創立記念日に赤いカーネーションを飾った。「感謝」を背骨とする中広グループにとって、これほど象徴的な花はない。形だけの装飾ではなく、志を可視化したものだ。花は語らぬが、飾る者の覚悟は静かに伝わる。
五月晴れとは、よく言ったものだ。一年で最も清々しい季節。連休の余韻を引きずるのではなく、心を整え直す節目でもある。明日の母の日に、カーネーションを一輪。そこに己の感謝を込める。その行いが、心を潔める第一歩となる。
そして11日から、連休ボケを一掃して本格始動。働くとは、誰かのために力を尽くすこと。であるならば、その根底には必ず感謝があるべきだ。花を贈って終わりではない。日々の仕事の中で、感謝を咲かせ続けること。それこそが、人としての営みであり、組織を強くする力となる。
カーネーションは、静かに教えている。
感謝とは、一瞬の感情ではない。
積み重ね、育て、咲かせ続けるものだと。Goto




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