力による平和などあり得ない。
今日は6月30日。今年も早いもので、もう半年が過ぎた。ついこの間、正月の餅を食べたばかりと思っていたのに、もう一年の折り返しである。
この半年、私は一体何をやってきたのだろうか。朝早く起き、新聞を読み、本を開き、歩き、ブログを書き、人に会い、仕事に励んできた。
しかし、「己を磨く」という一点において、本当に満足できる半年だったのかと問われれば、胸を張って「はい」とは言えない。
ただ馬齢を重ねただけではないのか。残された人生は決して長くない。だからこそ、もう一度気合いを入れ直し、自分自身を鍛え直さねばならない。
そんな思いで、この半年を振り返ると、私の脳裏に浮かぶ言葉は「戦争の愚」である。
国会終盤では、防衛省・自衛隊の体制強化や防衛力整備、サイバー防衛能力の強化、自衛官の処遇改善など、安全保障を意識した法案や制度改正が相次いだ。
東アジアでは台湾海峡の緊張が続き、中国とロシアは日本周辺で共同軍事行動を繰り返し、北朝鮮はミサイル発射を重ねる。備えあれば憂いなし。国家を守る備えは必要であることは理解できる。しかし、それでも軍備が前面に出る時代には、言い知れぬ寂しさを覚える。
この半年、世界はトランプ大統領に振り回された。2月には米国がベネズエラ国内で犯罪組織「トレン・デ・アラグア」の指導者を標的とした軍事作戦を実施した。
ロシアによるウクライナ侵略は終わる気配を見せず、双方がドローン攻撃を繰り返す。そして米国とイスラエルはイランを攻撃した。「力による平和」を掲げながら、停戦は極めて脆弱で、ホルムズ海峡の緊張も解けてはいない。むしろ世界は、力で押さえ込もうとすればするほど、新たな対立を生み出す現実を見せつけられた半年ではなかったか。
私は、万が一祖国が危機に陥れば、老骨に鞭打ってでも国のために役立ちたいと思う。しかし、そのような日が来ないことを、誰よりも願っている。
ロシアも、そして世界の軍事大国も、戦争によって得るものより、失うものの方が遥かに大きいことを、この半年で世界中に示してしまった。願わくは、中国を含めた各国の指導者が、この現実を直視してほしい。
「力による平和」は、結局は次の力を呼び込むだけである。本当の平和は、力ではなく信頼と対話の積み重ねの中からしか生まれない。
令和8年後半。世界が少しでも賢明さを取り戻すことを祈りたい。私もまた、自らを磨き、人として少しでも成長できる半年にしたい。
天に願うだけでは何も変わらない。まずは近くの神社へ参り、世界平和と日本の安寧、そして自らの精進を誓い、茅の輪をくぐることから始めようかな。Goto


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