教育は国家百年の計

精神疾患で教育離職過去最高に。

夏休み真っ盛りです。子どもの頃、不思議に思っていたことがあります。公立学校では毎年8月下旬に登校日がありました。私は「夏休みの宿題が終わっているか先生が確認するためだ」と思っていましたが、大人になって「昔は教職員の給料日がその頃で、現金支給だったため登校日も兼ねていた」と知り愕然とした記憶が。今は給与も振り込みとなり、8月の登校日を設けない学校も増えています。時代は変わりました。

一方で、教育現場には気掛かりな数字があります。文部科学省によると、2024年度に精神疾患を理由に退職した公立小中高校の教員は1,319人で過去最多となりました。定年以外で離職した教員も1万5,540人に上り、転職が最も多かったといいます。

文科省は未公表ですが、精神疾患を診断に休養している教員が2.000人以上存在します。働かなくても給料が貰える「蜜の味」を覚えた人、罪悪感のない教員です。

特別な支援を必要とする子どもへの対応、保護者対応、教員不足による長時間労働など、教育現場の厳しさは十分理解できます。しかし、それでも教育は「国家百年の計」です。その最前線に立つ教師という仕事は、子どもの人生を左右する崇高な職業であることを忘れてはならないと思います。

私は、本当に病に苦しむ方を責める気持ちはありません。しかし、休職や離職が増え続ける現実には、大きな危機感を覚えます。そのしわ寄せは同僚に及び、最後は子どもたちが背負うことになるからです。

人間学の立場から申し上げるなら、人生には逃げたい時もあります。しかし、人は困難を乗り越えるたびに強くなります。苦しい時こそ、一人で抱え込まず仲間を頼る。そして「もう一度、教壇に立ちたい」という志を失わないことです。人は志を失った時に、本当の意味で挫折します。

教師は知識を教える前に、生き方を教える存在です。子どもは先生の背中を見ています。苦難に向き合い、立ち上がる姿そのものが、何よりの教育になるのではないでしょうか。

教育の再生に必要なのは、制度改革だけではありません。教師が誇りを持ち、社会がその使命を支え、そして教師自身も使命感を持ち続けることです。

教育とは、未来の日本を育てる営みです。その重みを、私たちは今一度、真剣に考える時ではないでしょうか。Goto

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