秋深し。

読書の秋、新聞も開こうじゃありませんか

秋が深まり、活字に親しむのによい季節となりました。読書の秋。その読書の一つに、ぜひ新聞を置いていただきたい。新聞を読もうじゃありませんか。それが、このブログで繰り返しお伝えしたい私の願いです。

新聞を取らない家庭が増えています。もし社会から新聞が消えてしまったら。毎朝、新聞を開く私には、世の中を照らす明かりが失われるように思えてなりません。世の中で何が起きているのか。誰が困り、何が問われているのか。自分の関心の外にある出来事にも出会える。それが新聞の大きな価値であります。

そんな私が心を温められたのが、秋田県横手市立横手北小学校の取り組みです。校舎の二階、三階に新聞閲覧台を設け、子どもたちが新聞に親しめるよう工夫しているそうです。

先生が朝、紙面で見つけた写真について話す。すると休み時間、子どもたちは新聞を開き、その写真を探す。「あった、あった」。まずは新聞を身近に感じてもらう。その入口を、先生がつくっているのですね。

五紙を見比べ、放送委員は一年生にも伝わる記事を探して校内放送で紹介する。作家の記事をきっかけに、その人の本を読み進める子もいる。一枚の新聞が、子どもの世界を広げている。こういう教育に、私は心から敬意を表します。

国の第六次「学校図書館図書整備等五か年計画」は、公立小学校で二紙、中学校で三紙、高校で五紙を目安に、新聞の複数紙配備を掲げています。法律による購読義務ではありませんが、読み比べを通して自分で考え、判断する力を育てようという趣旨は明確です。

大切なのは、置くだけで終わらせないことです。先生自身が新聞を開き、「この記事、面白いよ」と声をかける。校長先生、教頭先生にも、そういう学びを支える環境づくりをお願いしたいと思います。

東京都江東区の東雲小学校では、米の値段を扱った複数の新聞記事から、子どもたちが考えを深めたといいます。買う側には安い方がありがたい。しかし、安すぎれば作る農家が困ってしまう。同じ出来事も、立場を変えれば見え方が違う。その気づきこそ、大切な学びではないでしょうか。

インターネットやSNSが身近な子どもたちだからこそ、さまざまな情報や意見に触れ、比べて考える経験が必要です。新聞も一紙の主張をうのみにするのではなく、読み比べ、問い直す。その積み重ねが、自分の頭で判断する力になります。

学校現場が忙しいことは承知しています。それでも、新聞の入れ替えや片づけの手間を理由に、出会いの機会を閉ざしてしまうのは惜しい。新聞社にも、NIE、つまり「教育に新聞を」の活動を通じ、複数紙の提供や授業への協力など、学校を支える工夫を一層お願いしたい。未来の読者を育てる仕事でもあるのですから。

そして、ブログに目を通してくださるあなた。子どもたちだけの話ではありません。私たち大人も新聞を購読し、毎日開こうじゃありませんか。「紙がかさばる」「始末に困る」と言う前に、その紙面が運んでくれる知識や発見に目を向けたいものです。

子どもは、大人の言葉とともに、その姿を見ています。新聞を開き、考え、家族と語り合う。その日々の姿が、子どもたちを育てるのではないでしょうか。読書の秋。まずは大人から、新聞を開きましょう。そこには、まだ知らない世界への入口があります。Goto

コメント