椅子

椅子の話で、チョッピリ考えさせられましたので。
「良い椅子を欲しがるのは出世欲の表れ。偉く見える。権威の象徴だ。議長や裁判官の椅子の背もたれが高いのは、より大きく強く見せる仕掛けだ」とは、デザイン学を研究する大学教授の弁。
秋田県議会。控え室の椅子が傷んだ。買い替える予算はないので、足の部分だけ修理することになった。その見積額が一脚5万円。それに県民が「贅沢すぎる」とクレーム。減額修正させたそうです。
議会の椅子。一体幾らの椅子なら妥当なのか?三重県議会は一脚9万円。岐阜県議会は約10万円。ぎりぎりの行政改革で知られる福島県の矢祭町議会本会議場は1万5千円の回転椅子。
国会では、衆院予算委員会室、閣僚が座る椅子は35万5千円(89年購入)参院委員会室は19万4千円で95年に修理したそうです。(朝日新聞から)なかなか難しい価格設定です。
最近の傾向。備品は、財政事情によるのでしょう。議会のみならず、民間の企業でも、耐用年数過ぎても、修理で対応しているようです。議会の場合、日常的に使う分けではありません。修理でも良いと思うんですが。
私は権威主義が嫌いです。この時代、議会が権威の象徴になるようでは、日本の民主主義もまだまだだと思います。しかし、椅子には椅子の機能があります。その役目を満たさなくなれば、より、合理的な椅子に取り替えるべきです。勿論、予算と相談してではありますが。
それを「修理代が高すぎる。贅沢過ぎる」と批判して、減額させる県民も異常な気がします。
それに「厳しい経済情勢を踏まえ修理代は削除すべきだ」と減額修正する議会も頂けません。
それなら、幾らの修理代なら良いのか?始めから、良く考えて案を出せばよい。こんなことを議論しているようでは議会そのものが、問われてしかるべきです。
たかが椅子の修理代の話ですが、ここは良く考えてみる必要があります。民主主義にはコストが掛ります。市町村と県と国、それぞれの議員が満足な活動をするためには、幾らのコストが妥当なのか?
昨今の風潮。議員コストは低くければ低いに越したことは無いとの考えは間違いだと思います。
大間違いだと思います。
先般、衆院の議員会館が新設され、その家賃が高すぎるとの批判がマスコミで繰り返されました。果たしてそうでしょうか?私は、タダで良い。もっと広いスペースでも良い。もっと便利な場所で良い。と思います。
取り分け国会議員は、後顧の憂い無きよう中央で活躍してくれるには住まいの保障は当たり前のことです。議員報酬も現行を倍額しても少ないと思います。それに秘書の数も増やすべきです。
なぜ、削減の話ばかりで、増やす意見が出ないのでしょうか。
そこに、政治に対する日本人の貧困さがあると思います。
地方議会も同様です。議会の役割を認識するなら、応分の経費は負担すべきです。
但し、その前に、まず、無条件でやらなければならないことがあります。
それは、議員定数を半分にすることです。
たかが議会の椅子。そのささやかな修理代が、議会と議員の質の向上に繋がるとすれば
そんな安い椅子は無いと思うのですが。                 Goto

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