新聞社の姿勢を読み解く・・・
高市首相が19日、23日の衆院解散を表明した。翌20日の朝刊各紙を机に並べ、読み比べてみる。そこに並ぶのは、同じ解散を伝える記事でありながら、まったく異なる「思想」である。
まず読売新聞。
解散は、政権基盤を安定させ、物価高対策や防衛力強化を進めたいという首相の思いが伝わる判断だと、一定の理解を示す。野党は中道での結集軸を模索して対抗する構えだが、内閣支持率の高い自民党が有利との見方がある。ただし、楽観は禁物だと、軽く釘を刺す。
争点についての整理も、いかにも読売らしい。消費税は年金、医療などを支える基幹財源であり、安定財源を削れば社会保障は立ち行かなくなる。与野党とも、目先の支持を狙った減税論は将来へのツケ回しであり、無責任極まりない――と、正論を真正面から置く。
さらに踏み込む。
自民党が国政選挙で消費税減税を掲げるのは初めてだ。連立を組む維新の主張に引きずられた結果だが、あまりに安易だとして、矛先は維新に向かう。
一方で、中道連合については、立憲民主党が安保法制を「合憲」と明確にし、エネルギー政策でも「原発ゼロ」を取り下げた点を評価しつつ、かつての主張の非現実性が露呈したとも批判する。ただし、一定の保守層を取り込む可能性があるとして、自民党に引き締めを促す。
読売の立ち位置は、はっきりしている。
高市自民を大きな軸として、そこから政治を安定的に前へ進めるという発想だ。否定するものではない。しかし、これはもはや「権力監視」というより、政権運営を支える立場からの論陣である。
新聞が民主主義の番人である、という建前が、幻想に過ぎないことがよく分かる。
対照的なのが朝日新聞だ。
高市首相に対して、極めて辛辣である。
現有議席で年度内の予算成立は見通せた。内閣不信任案もない。重要法案が否決されたわけでもない。
それでも解散に踏み切ったのは、支持率が高いうちに選挙を打ち、自民党単独過半数を回復し、思い通りの政治環境を作りたいという首相の身勝手な判断ではないか――そう断じる。
毎日新聞の社説も、論調はほぼ同じだ。「独りよがりにしか見えぬ」政権維持にきゅうきゅうとした身勝手な判断だと言わざるを得ないと、断罪する。
日経は「大義が見えない解散」という表現で、やや距離を保ちながらも、疑義を呈する立場に立つ。
こうして見ると、構図は鮮明だ。
高市氏が仕掛け、読売が最初にスクープした解散劇。それに対し、朝日・毎日が正面から異を唱え、日経が経済合理性の観点から冷や水を浴びせる。
これは事実上の「朝日・毎日連合」対「読売」という、発行部数も逼迫する。新聞社同士の思想対決でもある。
私は思う。
各紙とも、もはや平等主義の仮面をかぶる必要はない。中立を装って、論点をぼかす時代ではない。正々堂々と、自らの立ち位置、支持する政治の方向性を明確にし、その上で論陣を張ればいい。
そもそも、明治の新聞は政党新聞だった。
立場を隠さず、主張を掲げ、読者と共に政治を動かそうとした。その覚悟があった。
20日の朝刊を読み比べて、私には新聞の「あるべき姿」が、逆説的に見えてきた。
それは、誰に忖度しているかではなく、何を守ろうとしているかを、紙面で語り切ることだ。
新聞は、無色透明である必要はない。色を持つなら、その色を、堂々と示せ。Goto


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