まず隗より始めよ

「これでいいのか、日本」
最近、つくづく思うことがあります。

日本の大企業のトップは、随分とモノを言わなくなったのではないか。サラリーマン社長が増え、任期中に波風を立てず、大過なく次へ引き継ぐ。それが経営者の処世術になってはいまいか。

企業業績や株価については語る。自社の成長戦略も説明する。しかし、日本という国をどうするのか。次の世代にどんな社会を残すのか。国家の行く末を憂い、自らの言葉で世に問う経済人は、めっきり少なくなりました。

日本経済に元気がない。その一因は、経営者から「志」と「気概」が薄れていることにある。私はそう思っています。

そんな折、読売新聞に掲載されたSBIグループの企業広告が目に留まりました。

「これでいいのか、日本。」
何とも直截です。思わず首肯しました。

かつて世界第2位を誇った日本の名目GDPは、2010年に中国に抜かれて3位となり、2023年にはドイツにも抜かれ4位へ後退しました。世界の名目GDPに占める割合も、1995年の約18%から、今や4%を割る水準にまで低下。一人当たり名目GDPも、かつて世界2位だったものが、現在では30位台後半に沈んでいます。

実質賃金は長く伸び悩み、円の価値も低下しました。海外へ行って、「何もかも高くなった」と嘆くだけでは仕方がない。外国が高くなったのではない。日本の稼ぐ力と、円の購買力が弱くなった面を直視せねばなりません。

もちろん、GDPの順位だけで国の豊かさのすべてを測ることはできません。ドル換算の数字は為替にも左右されます。しかし、それを割り引いたとしても、日本の存在感が低下している現実から目を背けるわけにはいかないのです。

「この厳しい現状を、ただ傍観していてよいのでしょうか?」

全く同感です。
この広告の素晴らしいところは、現状を嘆くだけで終わらず、「我々はこうする」と決意を述べていることです。

「まず隗より始めよ」
他人に求める前に、まず自分たちが行動する。政府が悪い、政治が悪い、社会が悪いと批評するだけなら誰にでもできます。

しかし、人間学でいう「知行合一」。知った以上は行う。言った以上は責任を負う。それが指導者の覚悟であり、経営者の使命です。

SBIグループは、AI、ブロックチェーン、オンチェーンなどを活用し、世界最先端の次世代金融を日本から発信する。アジア・太平洋地域のデジタル経済化に貢献し、ともに成長する。そして、ネオメディア戦略によって、信頼される新たな情報インフラを築き、日本の成長分野をさらなる高みへ押し上げ、地方の元気を日本の力に変えると宣言しています。

頼もしいではないですか。
なかでも、「地方の元気を、日本の力に」という決意には、我が意を得たりです。放送局、新聞社、自治体など、地域を支える多様な主体を巻き込み、地方創生を進める。

ここには、我が中広グループの出番もある。いや、出番を待っているようではいけない。自らつくり出さねばならない。

我々は「地域みっちゃく生活情報誌」をはじめとする各種フリーメディアを通じて、地域の店、企業、人、文化、歴史を掘り起こし、暮らしに役立つ情報を届けてきました。広告で地域経済を動かし、人と人、店と生活者、企業と地域を結ぶ。それが我々の使命です。

日本は東京だけで成り立っているのではありません。一つひとつの地域が元気になり、そこで働く人が誇りを持ち、企業が挑戦し、若者が未来を描ける。その積み重ねが日本の国力になります。

経営者には、損得を超えた「志」が要る。自社さえ良ければよいのではない。社員を幸せにし、地域を潤し、国を豊かにする。経営とは、利益を上げる仕事であると同時に、世のため人のために責任を果たす営みです。

老け込んでいる場合ではない。
喜寿を迎えた老骨ではありますが、私にもまだ、やれることがある。いや、これまで地域に育ててもらったからこそ、やらねばならぬことがある。報恩感謝とは、感謝を口にするだけではない。受けた恩を、仕事と行動で次の世代へ返すことです。

広告の最後には、こうあります。
「未来を予測することは難しい。しかし、未来を自ら創っていくことはできる。」

まさに、その通りです。
憂国とは、国を憂えて嘆くことではない。国の明日を信じ、自分の持ち場で汗を流すことです。SBIホールディングスの北尾吉孝会長が示した決意と挑戦に、心から賛同します。

「これでいいのか、日本」と問うならば、次に問うべきは、「では、自分は何をするのか」です。

我々も「まず隗より始めよ」の精神で、地方の元気を日本の力に変える。その一念を胸に、今日も一心不乱に、やれることをやり抜いて参ります。Goto

コメント