新たな市町村合併を視野に入れて・・・・・・。
全国の「町」と「市」の数が同数になったとの記事を読みました。平成の大合併で、1999年4月には1994あった「町」が784に減り、3月には山梨県の2町の合併で「市」が「町」の数を逆転するそうです。
日本の基礎自治体の数は、時代とともに推移してきました。推移の根拠は文明でした。徒歩生活の時代、自転車の普及、そして交通機関やインフラ整備に伴い、更には自動車社会でと・・・・・。
平成の大合併は、移動手段発達の他に、行財政改革の側面が強かったようで、半ば強引に推し進められ、その結果、約3300の市町村が約半数1751に減りました。(村は187)
狭い日本。1億2千万人の国民。果たして基礎自治体の数は、どの程度が妥当なのか?私には分かりませんが、ネットを新文明と考えれば、インフラの整備がなされれば、更に減ってもよいことになります。
また、大阪の橋下知事が提唱するように、大阪市と大阪府は重層行政。大阪市はいらないのではないかといった議論や、衆院の小選挙区300の市で良いのではないか。同時に県をなくし、道州制にしてはとの意見等もあります。
今年は、民主党政権が地域主権と地方分権を、基本施策の「一町目1番地」と位置づけていますので、新たな市町村合併も視野に入れた議論がなされると思います。
高齢化社会を迎えるこの国で、人口の減少が進み地方の過疎化が進むこの国で、地域経済が疲弊するこの国で、高度な情報社会を迎えるこの国で・・・・・・、
地域の有り様が、中央の権限を地方に移譲する地方分権と、地域のことは地域の住民が責任を持って決めると言う地域主権の方向に進むのは理解できますが、「国のかたち」がどうなるのかは見えていません。
しかし、「国のかたち」を描くことが出来なければ、市町村合併の整合性も基礎自治体の数も決まらないことになります。
国会は小沢幹事長が不起訴になったのです。「政治とカネ」の問題は企業・団体献金の全面廃止で終りにして、「国のかたち」がどうあるべきかと言った、この国の将来を見据えた大きな議論をして欲しいと思います。
私の手元に「岐阜市を政令都市(人口70万以上)にして、日本一元気な県都」をめざすと公約した現市長の8年前のパンフレットがあります。結果は、隣町の柳津町(人口2万人)と合併しただけでした。
さしたる理念も、確固たる方針も無いままに、平成の大合併の大号令に踊らされた結果です。今もって反省も総括もありません。そんな、思い付きで市政を振り回すいい加減な市長が、臆面も無く市長選に立候補しています。
疲弊した岐阜市を再生するには、地域主権に向かう「国のかたち」を見据え、新たな市町村合併も視野に入れるべきだと思います。そのためには、市長をリセットする必要があります。 Goto
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