お答えします。
おまえは、なぜ、岐阜市長選で、「同級生の市長ではダメだ」と言うのだ。とよく聞かれます。
自省の念に駆られますが、あえて、その質問に答えたいと思います。
その前に、岐阜市は戦後57年間、市長は市役所の出身者で占められてきました。8年前にその市政から民間出身の市長に代わったことを私は評価しています。
具体的に何がどのように変わったのかは別にして、役人の世界に異文化を持ち込んだ点の評価です。
その点を前提に、誤解を恐れず、現体制のどこがダメななのかを5点に絞り、私なりに述べます。
1、これを言ってはお仕舞いなのですが、市長にコミュニケーション能力がありません。保身と猜疑心の塊で、人を信頼できない性格は、人と心を通わせないのですから、残念ながら平時なら兎も角、乱世のリーダー足ることはできません。
2、ビジョンがありません。この8年間、自らの頭で考え、発想した施策は一つもありません。
教育立市・産業立市・医療立市などと何とか立市を並べますが、言葉が上滑っているだけで、基本理念も、構想も、実施計画も示されていません。(あれば示して欲しいモノです)
教育立市に至っては、立命館大学の付属中高校を誘致するだけが、目的でした。現行の市立高校を財政的にどうするかの議論の最中、如何なる経緯かは不明ですが、唐突に持ち込まれた話です。
行財政の問題と教育の問題とを混同させて、それを教育立市と言っているのです。教育でもなければ、政策でも、行政でもありません。単なる思い付きに市民が振り回されただけです。
私は立命館高校誘致に賛成です。多分、多くの市民も賛意を示していると思います。合わせて、市立岐阜商業高校の耐用年数も過ぎたと思っています。ですから、たとえ思い付きでも、誘致には賛成でした。
なぜ、立命館誘致が頓挫したのでしょうか?反対する市会議員のせいだと、市長はいますが?
果たしてそうでしょうか?私は市長に政治的な能力があれば、誘致は可能だったと思います。
高校教育は、岐阜県の管轄です。県との事前折衝も、打ち合わせも、検討も一切なし。当該の私学連などの関係者との調整もまったくしない。それに、当事者である市岐商の在校生、父兄、関係者との話し合いもなし。日本は民主主義の国です、何の準備もなしでは、何事も成しえません。
問題がこじれてからですが、私は、市長に「在校生に直接、経緯を説明し、あなたの言葉で、理解を求めるべきだ」それ以外に、この問題を解決する道はないと、申し上げました。(市岐商が夏の甲子園で二回戦を勝ち抜いた時でした)
しかし、市長が取った手法は、教育長を派遣したことです。私は、呆れました。この問題で一番心を痛めたのは、何の罪もない在校生です。その生徒たちに、自分の言葉で語りかけようとしないのです。
それでは理解が得られるハズがありません。混乱に拍車が掛ったのです。この問題に火を付けたのは市長自身です。私は、問題に直面したとき、「平気で逃げる」為政者ではダメだと、そのときに、強く思いました。
それを、市長としての資質がないと、ご本人に直接申し上げました。つまり、ビジョンを持っていないから、やることなすことがすべて、思い付きになります。まるで子供です。
3、破壊はできるが、創造はできない。機能不全に陥ったモノを廃棄したり、壊したりするのはとても、重要なことです。しかし、では、その後をどうするのか?そこまで考えてこそ、行政経営です。
この8年間。市電をはじめ廃止する方は熱心でした。それも一つの行政でしょう。しかし、岐阜市で新しいモノが生まれたでしょうか?生まれるための種をまいたでしょうか?何か?芽が出たでしょうか?
私の知る範囲では、皆無です。市長には想像力がないのですから創造する力もありません。
その現実が疲弊した街、閉塞感漂う街、「暗い岐阜市」の姿なのではないでしょうか。
4、時代の変化に対応できない。この国は昨年の政権交代以降、国のかたちを変えようと、もがいています。その一丁目一番地が「地域主権」(地方分権)です。
もう、市民の記憶にないかもしれませんが、平成の大合併が奨励された5年前「二期目の選挙の折」、市長は「70万都市をめざす」(政令都市)と、公約しました。しかし、現実は、隣町(柳津町)と合併できたのみでした。
なぜ、近在の羽島市、笠松町、岐南町、北方町が合併の呼びかけに応じなかったのでしょうか?理由は簡単です。弱小の市、町を受け入れる度量が、この市長にはないと他の首長が分かってしまったからです。
預かっている住民を幸せにする能力がないと見抜いたからです。もう少し別な言い方で申しますと、地方主権とか地方分権とは何かが分からない。つまりは地方自治そのものが全く理解できていないと知ったからです。
で、私がダメな理由の4番目に申し上げたいのは、地方主権に国のかたちが変わろうとしているこの時代に、現市長では対応ができない。対応する政治的能力がない。これでは、岐阜市民は不幸になります。それを、肌で感じているのが市役所の職員です。だから、彼らは市長を推薦しないのです。
5、中心市街地を活性化する意志がない。岐阜市の中心地にあった岐阜大学の医学部が移転したのは平成16年6月19日です。今年は平成22年です。5年半も放置してあります。
この土地は、旧県庁、旧市役所と隣接。繁華街柳ヶ瀬まで徒歩5分に位置し、約2万坪あります。誰が考えてもこの土地を活用して、中心市街地を活性化すべきです。しかし、放置したままです。
最近、心ある人たちの声に押され。市長が出した結論は、公園と図書館にするとの案です。基本設計に予算を付けました。それも、こっそりと。勿論、市長選挙の公約に上げていません。
なぜ、公園なのでしょうか?目と鼻の先に岐阜公園という市民があまり利用していない立派な公園があります。なぜ、図書館なのでしょうか?、県立のすばらしい図書館が市内にはあります。
理由は簡単です。公園や図書館は無難だからです。それ以外のことは、面倒なんです。それ以外のこととは、誰かと交渉、折衝をしなければならないことです。そのことが嫌なんです。立命館問題でも、県と折衝することすら嫌でした。
ましてや、産業の誘致だとか、大学の移転だとかとなりますと、考えたくないのです。それを隠蔽、糊塗する、最もベターな手法が、無難で批判されないと思っている公園と図書館なのです。
市長は、嫌なことはやりたくないのです。難しいことは避けて通りたいのです。つまり、中心市街地を活性化するなんてことは、面倒なことだと考えているのです。本心は必要性ないと思っているのです。
最後に、心ここにあらず。私は市長とは古い付き合いです。親友ではないかもしれませんが、幼稚園から手をつないで通った仲です。8年前には私なりに彼の市長を望み、支持しました。
彼の誕生で、岐阜市が劇的に変わるとは、勿論、思っていませんでしたが、「市民の声に真摯に耳を傾け」、民間人として風通しのよい市政を運営してくれると信じていました。
行政未経験だから、4年間は問題やトラブルがあってもある程度はいたしかたないのだと理解し支援を続けてきました。2期目の選挙の折も、私は私なりに応援してきました。
しかし、今回はいけません。彼の使命は終わったのです。これからの4年間を彼に託すことはできません。どうせ、誰が首長でも同じじゃないかと言う人もいますが、彼では、ダメです。
なぜならば、非常に残念なんですが、彼の心は、家族の住む東京にあって、岐阜にはないからです。
その証拠を示せと言われれば、この1,2年間の彼のスケジュールを追えば良く分かります。
「心ここにあらず」の人が、42万市民の代表であり続けることは、犯罪です。 Goto
コメント
コメントありがとうございます。
私も、今後の成り行きを冷静に見守りたいと思います。 Goto
どうやら市民の皆さんの選択はなされたようですね。それもGotoさんの指摘された最悪の犯罪的な方向へ。残念なことです。
あと4年の間に市長が何をしでかし(あるいは放置し)、岐阜の街がどのように変わっていくのかを見届けられれば幸いですが、それまでもたないかもしれないな、という危惧ばかりが大きくのしかかってきます。
今回の投票結果で、他の3候補の得票総数が自身の得票を上回っている事実にもおそらく目を向けられることはないのでしょう。選挙に勝ったら信任された、何でも自分の思い通りにやっていいんだ、という妄信に走られることでしょう。そして思い付きと唯我独尊の無謀な市政を進められるのでしょうね。
どうせ何でも自分の思い通りに好き勝手にやるのなら、思い付きには思い付きで対抗しましょうか。行財政改革の一環として、多すぎる市議の定数を半分にしたらいかがでしょうか。ご自分を支持した議員だけ残せばいいでしょうし、また市債残高の圧縮に貢献できますからね。平成23年4月には任期満了に伴う市議会選挙があるのですから、それまでに根回しもなにもなしに議案を上程したらたいしたもんです。どうせ出来はしないでしょうが。Gotoさんのご指摘どおり、ちょっと難しい調整が必要だと、それをしないのがもたれ合いのない、という意味だと曲解して逃げるだけの方ですから。
(市長にとっては)非現実的な思い付きはともかく、岐阜市の立ち直る最後のチャンスを逃してしまったことを、岐阜市民は遠からず後悔する日がくる事でしょう。でも、もう遅いのです。チェンジし損なった岐阜はもうダメでしょう。残念、残念きわまりない。
ありがとうございます。
市電を含めた三線の廃止は、中心市街地の荒廃を促進してしまいましたね。関、美濃の中濃地区から、県都への導線がなくなり、東海北陸道が一宮で名古屋都市高速に直結、経済も、人の流れも愛知県に・・・・・・。揖斐線の廃止は、北方町との合併にも影響しました。揖斐地区から岐阜市に通う高校生達は、通学に日々苦労しています。
名鉄は、何度も何度も、岐阜市に秋波を送り、存続を模索していましたが、無視したのは岐阜市長です。失政といわずして、なんと言うのでしょうか。近在の住民を無視して、財政が改善できたと胸を張るのは理解不能です。
私は、美濃・関線存続に向け、立ち上がった関の有力者の方々と、ユニークな経営方針を議論しました。勿論、市内への、車の乗り入れについての一考も含まれており、市長の提唱するスローライフにも合致していました。それらのアイディアを市長に伝えました。しかし、聞く耳は持ちませんでした。悲しい思いをしたものです。
県都です。このままではダメです。チェンジです。新しい岐阜市を一緒に考え、行動していきましょう。ご指導お願いします。
Goto
岐阜駅前に、金ぴかのC3POを建てた時から失望していました。
清洲出身の征服者を、岐阜市民に尻を向けるように立たせる。寄付金であっても、意味がないと思います。選挙事務所になっている円徳寺の前の歩道には、せんとくんの兄弟がひっそりと商いをしています。楽市楽座の高札を所蔵している円徳寺ですから、この銅像の意味が出てきます。
徹明町の路面電車廃止後も、道路の二車線化をしました。これにより車両が高速で移動するようになり、店舗のショーケースには目が行かなくなりました。電車の廃止後は歩道を広げ、緑を増やし、車速を落とすため蛇行させるくらいのアイディアが欲しいです。
大学の跡地にしても、隣接する歴史ある総合庁舎を移転させて活用し、と思いますが、放置されたまま長かったですよね。公園や図書館を作るのであれば、県立の図書館に人を派遣するとか出来ますよね。岐阜公園にあった市立図書館が無くなって、困ったという声はあまり聞きませんが、それでも作りますか?
長々と申し訳ありませんでした。
コメントありがとうございます。
選挙活動の法的範囲がどの程度なのか?厳密に知る由もありませんが。形式も重要でございましょうが、現行の岐阜市の状態を如何にお考えですか?この街をどうすべきかを市民が議論し、答えを出し、行動を起こさなければならない時期だと思っております。選挙とは、そのための議論の場だと思います。それが民主主義です。如何なるご批判もお受けいたしますが、形式を論じるより、中身を論じるときかと存じます。愛する故郷をどうすべきかのご意見を賜り、議論して、ご一緒に街の元気を創造できれば幸せです。
ありがとうございます。
Goto
選挙期間中に選挙に関する不特定多数に対しての発言は、ネット上でなくても、違反だろ。井戸端会議や、世間話でも、厳密には違反だろ。でも捕まらないからご自由に。
ありがとうございました。
私はこの街に生まれ、この街に育てて頂いています。この街をこよなく愛しています。次の世代の人たちが自信と誇りを持って暮らせる街になればと心底願っています。何の力もない団塊世代のおっさんです。未熟者の発露にご指導頂き心より感謝申し上げます。ありがとうございます。今後とものご指導お願い致します。 Goto
ブログに特定候補者の応援、非難などのカキコミは、「選挙運動」とみなされ、禁止行為に該当してしまいます。
ただ、各種掲示板で中立的な意見から、非難中傷、ほめ殺しは氾濫しており、立件される可能性は少ないですが、社会的影響力のある方の発言でもあり心配をしてしまいました。
ご忠告ありがとうございます。
このブログで、連続850日を数えます。総選挙期間中も、毎日書いておりました。
ブログですから、私の思いを綴ったのですが、法に触れると認識していませんでした。因みに、如何なる法に触れるのか?ご教示賜れば幸甚でございます。 Goto
コメントありがとうございます。
率直な私の感想です。しがらみのない民主党ですら、4ヶ月たらずでしがらみができています。しがらみがないのは理想ですが、現実は生きていることがしがらみです。しがらみを恐れるよりも、まずはチェンジです。 Goto
選挙期間中にこの発言は、法に抵触する恐れがありますよ。
このタイミングで、よくぞ書いてくださいました! まったく同感です。
しかし、では誰が?となったとき、もう一方の有力候補も、今となってはあまりにもしがらみがあると思います。右から左までの支持で当選した場合、いったいどうやって市の運営をするのでしょう。
私はいっそ、政治の素人でも、いかなる勢力ともまったくしがらみのない人に市長をやってもらい、それを市の重鎮方が支えるのが良いと思っています。
子供や孫のために、故郷が元気でなければなりません。そのために、もう少し、言いたいことを言います。お許しを。 Goto
知識も必要かと思いますが。
心で成り立つものだと思います。
悲しいブログですね。。