解散前夜

引退政治家の報に寄せて思う。

政治家の引退や去就の報に接すると、いつも胸の奥で、時代の襞(ひだ)が静かに鳴る。明日衆院解散・解散前夜という言葉が、これほど似合う夜もない。

まず、菅直人元首相の認知症の報。賢夫人が公にされたという。学生の頃の記憶が、不意に甦る。調布の団地。私は上田哲さんのビラを、彼は市川房枝さんのチラシを、互いにポストへ投函していた。鉢合わせし、思わず笑った。敵でも味方でもない。ただ同じ時代を生きる若者だった。今思えば、あれは紛れもない青春の墓標である。

首相となり、東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故に直面した。現場視察を巡っては激しい批判を浴びたが、私は今も「まずは行動する」という彼の性分を否定しない。拙速であったかもしれない。しかし、動かぬよりは遥かに人間的だった。

一方、菅義偉氏の政界引退。
官房長官として歴代最長、安倍晋三内閣を屋台骨から支えた。首相としてはデジタル庁の設置、ふるさと納税の制度化、そして賛否渦巻く中での東京五輪開催。評価は割れよう。しかし、叩き上げの実践力は本物だった。

私的には、これほど「No.2」が似合う政治家はいない。大河ドラマの秀長を思い出す。主役を支え、歴史を前に進める役回り。それで十分、国家に仕えたと言える。首相として解散に打って出たかったのでは?

さらに、共産党の志位和夫氏が衆院選に出馬せず、議長に専念するという。委員長23年。朝日新聞は悔しさをにじませ、功績を讃えた。しかし私には、議長に留まる選択そのものが問いとして残る。共産党再興の道は、平坦とは言い難い。

そして、立憲と公明による新党「中道改革連合」。様々な布石の果てなのだろう。示された綱領原案はこうだ。
ー―個人の尊厳を基軸に、自由と公正を両立させる。
――極端な右傾化にも左傾化にも与せず、現実的改革を積み重ねる。
――対話と合意を政治の中心に据え、分断を乗り越える。

右傾化への歯止めが健全であることに異論はない。ただ、浮き足立つ国民の心に、この言葉が染み込むかどうか。政治は理念より、体温を問われる時代に入っている。野合の批判を跳ね飛ばせ・・・

解散前夜。
去る者、残る者、新たに集う者。
政治とは、結局のところ、人の人生の交差点なのだと、しみじみ思う。
あの団地のポストにビラを入れていた若者たちも、皆、時代の中へ還っていく。静かに、しかし確かに。Goto

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