マジックアワー

当たり前の生活、日常は当たり前ではない。

先週。皆既月食を隠すかのように、一日中雨が乾燥した山河を湿らした。
おかげで草木万象が潤い一気に春が来た。

朝六時、いつものラジオ体操への時間。
先月までは、まだ夜の名残が濃く、金華山の稜線に抱かれた岐阜城は、
闇の中にほのかに浮かぶ影でした。時の流れは着実だ。

それが三月に入り、夜明け前のわずかな刻、空が言葉を失うほどの色に染まります。紫から群青へ、そして薄紅へ。刻一刻と変わる空の表情。
人はこれを「マジックアワー」と呼びます。日の入り後にも現れる。

時間にして数十分ほど。しかし、その時間は永遠にも似ています。体操の準備をしながら何気なく眺めていた空が、ある日ふと、胸を打ちました。
ああ、私はいま、この一瞬を生きているのだ、と。

私たちは日常に埋もれ、時間の流れを意識することが少ない。
会議の開始時刻、締切、約束の時間。時計の針は追う対象であって、味わうものではない。

しかし、夜明け前の空は違います。人の力の及ばぬ大自然の摂理が、静かに、しかし確かに、時の移ろいを教えてくれる。

昨日と同じ朝はありません。
同じように見える今日も、二度と戻らぬ一日です。
人生二度なし。

「当たり前」と思っている生活も、実は奇跡の連続で成り立っています。
息を吸い、歩き、仲間と語り、仕事に向き合う。その一つひとつが、どれほど尊いか。マジックアワーの空を仰ぐとき、私は思わず合掌します。

それは形だけの所作ではありません。
「ありがとうございます」と、祈りにも似た思いが胸に満ちるのです。

先日、新進気鋭の監督が映画『郷』の舞台挨拶で語った言葉が胸に残る。
「人は故郷を離れても、心のどこかに原風景を抱いて生きている」と。
私にとっての原風景は、この金華山とその頂きに静か聳える岐阜城の夜明けかもしれません。

自然の大きな営みの中で、人は小さな存在です。しかし、その小さな命が、今日という一日をどう生きるかで、世界の色は変わる。

弥生九日。
春の朝、マジックアワーを胸に抱きながら、今日もラジオ体操が始まります。この一瞬を大切に生きよう。そう心に誓い、再び静かに故郷の山に手を合わせます。Goto

コメント