夏休み格差

子どもが腹一杯食べられない国に豊かさはない

子どもたちにとっては待ちに待った夏休みのハズだが。「また夏休みです。困っちゃう」と話す、ひとり親家庭のお母さんがいる。学校給食がなくなる。三度の食事を家庭で賄わねばならず、食費が一気に膨らむからです。

もっと胸に刺さる話がある。夏休みになると痩せる子どもがいる。

これは放っておいてよい話ではない。
全国に「子ども食堂」が広がっている。地域の子どものために何かしたい。腹いっぱい食べさせたい。ひとりにさせたくない。そんな善意が形になったものです。素晴らしい活動だと思う。

しかし、子どもの貧困とは、子どもが貧しいのではない。
大人の貧困、家庭の貧困、そして社会の問題です。

子ども食堂発祥の地とされる東京・大田区で活動を始めた人たちからも、行政が子ども食堂を持ち上げ、助成するだけでよいのかとの問いが発せられている。その通りだと思う。善意は尊い。しかし、善意に社会保障の肩代わりをさせてはいけない。

学校給食は、日本が世界に誇ってよい制度だと思う。栄養のバランス、安全・安心、費用、そして食育まで考えられている。ただ腹を満たすだけではない。食べることも教育であるという思想が根底にある。

英国ではいま、学校給食の基準を10年以上ぶりに大幅に見直そうとしている。子どもの肥満や虫歯が深刻化するなか、高脂肪、高塩分、高糖分の食品や揚げ物をさらに制限し、果物、野菜、全粒穀物などを増やす。2027年9月から新たな基準の実施を進めるという。

考えてみれば、日本の給食制度が長年、子どもの健康と成長を真面目に考えてきたことのありがたさが分かる。問題はその先です。夏休みになった途端、その給食という命綱が切れる子どもがいる。

家庭の経済力によって、食事、体験、学習、生活リズムに差がつく。「夏休み格差」です。少子化だ、子どもは国の宝だと言いながら、休みに入れば「家庭でお願いします」では済まされまい。

英国には、休暇中に食事と活動の機会を提供する公的な「Holiday Activities and Food Programme」があり、自治体が地域事情に合わせて実施している。

日本でもできないだろうか。
自治体が学校や公民館などを拠点にし、国が財政を支える。地域のNPO、民生委員、そして元気なリタイア世代にも力を借りる。給食室を毎日動かす必要はない。週に何度かでもよい。温かい食事と、子どもを見守る大人がいる場所をつくる。

「人間は、誰ともつながっていないと感じた時に追い詰められる」。だから食事を届けるだけでは足りない。子どもに「君を見ている大人がいる」「ここへ来れば誰かがいる」と伝えることが大切なのだと思う。

子どもが腹いっぱい食べられない国に、豊かさなどない。夏休みに痩せる子どもを一人でもなくす。それぐらいの覚悟を、大人社会は持たねばならない。Goto

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