小中学校の授業。教壇に立つのは「AI先生」——そんな時代が、そこまで来ている。
中央教育審議会が、次期学習指導要領の改訂案を示した。
学習指導要領とは、全国どこで学んでも一定水準の教育を受けられるよう、文部科学省が学校で教える内容や目標を定めた教育課程の基準である。教科書の編集や各学校の授業計画も、これを土台に作られる。社会の変化に応じて、おおむね十年に一度改訂される、いわば日本の教育の設計図だ。
新しい指導要領は、小学校で2030年度、中学校で31年度から全面実施、高校では32年度から順次実施される予定である。
今回の柱は情報教育の拡充だ。小学校三年生以上で、生成AIの特性や仕組み、インターネットの危険性、プログラミングなどを学ぶ。中学校ではデータ分析やアルゴリズムが社会に与える影響、AIによって機械を動かす「フィジカルAI」などを扱う。授業におけるAI活用も、学習指導要領に初めて明記される。
当然である。経済産業省の推計では、2040年にAIやロボットの開発・活用を担う人材が339万人不足する。これほど社会が変わろうとしているのに、学校だけが黒板と教科書の世界に止まっていてよいはずがない。
茨城県内の中学校では、すでに英語の授業で生成AIを会話相手とし、英作文の添削や発音の確認などに活用している。生徒一人ひとりに何度でも付き合い、瞬時に助言する。人手不足に悩む教育現場にとって、AI先生は強力な助っ人になる。
もちろん、諸刃の剣でもある。答えをすぐAIに求めれば、自ら考え、迷い、試行錯誤する力が衰える。効率ばかりを追えば、「早く答えに着くこと」が学びだと錯覚する。だからこそ、AIを遠ざけるのではなく、その仕組みと限界、誤りや偏りまで教えねばならない。
問題は、AIに精通した教員がどれほどいるかだ。しかし、教員全員が習熟するまで待つ必要はない。AIがAIの使い方を教え、人間の先生が問いを投げ掛け、対話し、子どもの心を支える。役割を分ければよい。
教育の根本は、知識を効率よく得ることではない。日本語を正しく使い、自分の頭で考え、他者の痛みを想像し、何が正しいかを判断する人間を育てることだ。知識はAIが教えられる。しかし、挨拶の温かさ、失敗した友を励ます心、責任を引き受ける覚悟は、人と人との関わりの中で身につく。
改訂の方向には大賛成である。だが、2030年からとは、如何にも遅い。AIの世界の四年は、教育行政の四十年にも匹敵する。子どもたちはすでにAIを使っている。ならば学校も、指導要領の改訂を待たず、できるところから直ちに始めるべきだ。
AI先生は未来の話ではない。もう、教壇の前に立っている。悠長に構えている時間はない。Goto


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