電波行政よ、テレビを救えるか?

総務省は地方民放「1局2波」を容認

総務省の電波監理審議会が、同じ地域の民放テレビ局が経営を統合し、一つの会社が複数のチャンネルを持つことを可能にする「一局二波」を認める省令改正について、原案通り進めるのが適当だと答申した。今月中にも施行される見通しだという。

テレビ離れ、人口減少、広告収入の低迷。地方局の経営が厳しいことは、私もよく分かる。全国の地方民放局の営業利益は、この十年ほどで大幅に減ったという。系列を超えて経営を統合し、送信設備や番組制作の機能を共有する。浮いた資金と人材を、地域報道や新しい事業に振り向ける。理屈は分かる。

しかし、私はどうしても釈然としない。

これまで放送行政は、「電波は公共の財産」であるとして、極めて厳しい規制をかけてきた。特定の事業者が複数局を支配しないようにする「マスメディア集中排除原則」も、そのためである。一県一波、一局一波と、まるで電波は神聖不可侵のもののように、参入を厳しく制限してきた。

私自身、かつて岐阜でFM放送局をつくりたいと申請した苦い経験がある。志も構想もあった。それでも、「お前のような者に放送局は任せられない」と言わんばかりに退けられた。電波管理とは社会管理であり、情報管理であり、時には思想管理にまでつながる。そんな高飛車な姿勢を、郵政省時代から総務省は取り続けてきたのである。

それが今になって、地方局の経営が悪化したから「一局で二波でも三波でもよい」と緩める。これは一体、どういう一貫した哲学なのか。

経営が成り立たないなら、まず問うべきは経営そのものではないか。免許事業とは、国民から託された強い権利である。守られてきた事業者が、時代の変化に対応できず、経営を悪化させた。その責任を曖昧にしたまま、制度だけを緩め、企業を寄せ集めればよいのか。残念ながら、それでは延命策にしかならない。

もちろん、地域からテレビ局がなくなればよい、などと言うつもりはない。災害時の情報、地域の政治・文化・産業を伝える役割は、むしろこれから重要になる。だが、局の数を残すことと、地域メディアを強くすることは同じではない。有能な経営者が、若く元気な人材が、報道への志を持って放送事業に参画できる道を開くべきである。

いま必要なのは、小手先の一局二波ではない。放送と通信、電波とネット、映像とデータ、地域広告と通販、イベント、教育、防災を一体で考える大胆な改革である。東京のキー局と地方局が従来の系列ネットワークだけに頼って生き延びる時代は、終わりつつある。

経営とは何か。与えられた免許や既得権に安住することではない。社会に役立つ価値を、自ら生み続けることである。ましてメディアは、人の考え方をつくり、地域の未来を映す仕事だ。経営者には数字だけでなく、言論への責任、地域への愛、そして倫理観が問われる。

総務省には、その場しのぎの制度緩和ではなく、日本の情報基盤をどうつくり直すのかという大きな構想を示してもらいたい。電波を守ることが目的ではない。国民の知る権利と、地域の健全な言論を守ることこそ、電波行政の使命である。Goto

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