国民読書年

このくらいの強制は必要ではないでしょうか?
今週は読書週間。へそ曲がりの私としては、この週は活字に触れない一週間にして、
今までに心に残った本は何か?を考えてみたり、、活字と拘りを持たない生活を、考えるのですが。
国会議員、やるときはやるものですね。
なんせ、新聞症候群。好きな酒は止めれますが、トイレでも何か読むものがないと、入らないくらいの日常。合わせて、活字を読むのが仕事。とても、活字と離れられそうにはありません。
メディアの影響なんでしょう。国会議員といえば、それ自体が権力ですから仕方がないのですが、何かと批判の対象。やることには常に裏があるのではないかと、疑念の目で見られがちです。
しかし、そんな偏見はいけません。
この6月。「活字離れは精神文化の変質になる」と、衆参両院で2010年を国民読書年とする決議を全会一致で採択しました。とても素晴らしいことです。
その経過、1999年に子供読書年。2001年子供の読書活動の推進に関する法律。2005年文字・活字文化振興法の制定と、活字離れの阻止に施策を講じてきました。
その成果が、小学校の朝の十分間読書運動の浸透であり、読書街づくりの広がりだといえます。
読書は教養のバロメーター。しかし、そんな努力とは裏腹に、残念ですが、日本の15歳の読書量は世界主要国で最低だとか。
未来を思う国会議員達の焦りが分かります。
私の提案ですが、朝の読書運動、全国の小中学校での普及率は30%程度だとか?いいことなのに、
なぜやらないのでしょうかね?嫌な言い方ですが、強制する。義務化してはどうでしょうか。
また、私は本は買って読め。という考え方ですが、最近本の値段が高すぎると思います。
全国に2万5千人の司書教諭がいるそうですが、彼らに学校図書の管理から、子供に本を与え朝の読書運動強制の管理も担わせてはどうかと思います。
その強制という手段を逃げない文科省、教師であれば、子供に本を読む習慣が身に付きます。
国会議員の先生には、10年の国民読書年には、そこまで、気合を入れて欲しいものです。
しかし、携帯やインターネットが普及する先進主要国で国民の読書量も増えているといいますが、子供より大人が、これだけ、読書から遠ざかっている日本で、子供にのみ本読みを強制しても・・・・・。
辛いものがありますね。と、トイレに本を忘れて入り、考え込みました。
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