過去最低の観光客・・・鵜飼は観光資源か?それとも文化・伝統か?
故郷ぎふ、夏の風物詩、長良川の鵜飼。毎年5/11に始まり、10/15まで満月の日を除いて、6ヶ月間開催される。漆黒の闇に篝火が焚かれ鵜と鵜匠が織りなす漁、幽玄の世界に見物客を誘う。岐阜市民に見守られ1300年の歴史を刻む・・・・
世はまさに国をあげての観光ブーム。日本中の市町村が・・・内外の観光客誘致に知恵を絞る時代です。岐阜市も鵜飼に観光客を誘致しようと、子ども料金を大幅に引き下げたり、渡し船を運航するなど、乗船客数増員にテコ入れをしているのだが・・・・
今季は・・目標を11万5000人に設定、努力を重ねるが、結果は、10万2714人と大幅に減少。過去最低の乗客数となってしまった。台風や大雨で増水、ピーク期の8月には5日間が中止、開催期間中の中止数は9日に上り、6200人が乗船できなかった。
天候不純が原因で、観覧客が減少したと当局は分析するが、果たしてそうでしょうか。折角、鵜飼見物に来た人には、増水の場合「付け見せ鵜飼」と称して、川岸に舟を寄せて観覧させるなど知恵を凝らしているのだが、中止日が全くなくても、目標に到達しないのは、他に原因があるのではないでしょうか。
乱暴にいえば、市民は果たして鵜飼を意識しているのでしょうか?岐阜市が残さなければならない伝統、文化、歴史だと思っているのでしょうか?私には甚だ疑問です。しかし、そうであるとするならば、それなりの工夫が必要ではないでしょうか。
例えば、授業の一環として市内の小中学生に鵜飼見物を取り入れてはどうか。幼稚園児にも。高山祭りや、飛騨古川のお越し太鼓のように年中行事として。そうすれば、鵜飼を見たことがない子どもがいなくなります。市民の意識も変わります。
また、観光資源として本気で考えているのなら。いや、この観光ブームに便乗して岐阜市の活性化に繋げようとしているのなら、思い切って、運営を民間に委託してはどうでしょうか。鵜飼そのものは、すでに「見せ鵜飼」として観光化されているのです。
文化・伝統として存在しているのではありません。だったら、徹底してはどうでしょうか。現在では、それ自体が、陳腐化して「楽しくない」「面白くない」から、見物客が来ないのです。リピーターがいないのです。勿論、見世物ではない。あくまでも漁法だとするならば、それはそれで一理ありますが。
鵜飼運営に関する岐阜市の予算は10億円を下りません。であれば、市民を巻き込んで、「鵜飼はどうあるべきか」その是非を、問うて見てはどうでしょうか。我社の地域ポータルサイト「フリモ」の会員に「鵜飼について・その存亡」をアンケート調査して、議論の叩き台を作ってみたいと思います。Goto
コメント