新聞人

読売新聞5万号を祝し・・・言論の府としての気骨を持って・・・・
おめでとうございます。と申し上げねばならないでしょう。日々愛読させて頂く日刊紙のひとつ読売新聞が2015・4/9で創刊から5万号に到達。一里塚ではあろうが、141年間。現存する新聞では最も長い歴史を辿り、今日に至りました。関係各位に心よりお祝い申し上げます。
日刊紙です。日々号数が増えるのですが、1万号には28年間の歳月が必要です。事業は創業して30年が節目。30周年を迎える企業は全体の3%といわれます。新聞の役割、使命が141年の社歴を刻んだのでしょうが、5万号は快挙です。その間、幾多の困難に遭遇したでしょう。
その試練を乗り越え、号数を重ねた読売「新聞人」各位に改めて敬意を表したいと思います。新聞が如何にあるべきかは永遠の課題です。簡単に答えを見出すことはできません。ただ、私が折に触れ尋ねる横浜市にある新聞博物館。そこに展示される資料(3階の歴史ゾーン)で最も感動するのは・・・
赤貧洗うがごとく経済状態にありながら、権力の弾圧に抗い、それでも天下国家を憂う正義感、常に大衆の側に立ち、筆を曲げず、ペンで立ち向かった不屈の精神力の先人たちが紹介されています。その足跡を辿ると涙がでます。そこには新聞が言論の府である所以を見て取れるからです。
昨年来の朝日誤報事件が国民に間違った概念を植え付け。この国の外交をどれだけ毀損したか。今尚、その検証と方途が模索されていますが。購読部数の減少が加速、新聞はその影響力を失いつつあるとの認識もありますが。私はそうは思いません。
新聞の影響力は現代社会の根幹をなす民主主義を根底で支えています。新聞の発行部数の減少と新聞の持つ社会的影響力とは比例しません。そもそも新聞を読まない人まで購読していたに過ぎません。新聞の価値と役割、使命を理解している人達は、新聞をより解し、より深く読んでいます。
新聞経営の立場から。購読部数の減少が新聞の危機のように叫ばれていますが。新聞の危機は記事の劣化に他なりません。土日、祝祭日はお休み。記事は記者クラブから。そんな手抜き取材が蔓延。記事はどの新聞も似たり寄ったりです。記事の劣化が新聞の危機を招いています。
私は読売新聞を高く評価しています。なぜなら、憲法改正試案や社会保障の提言など未来志向でこの国の抱える本質的な問題に提案報道を展開しているからです。博物館に登場する新聞人達はその時代の最大の課題に目を背けず、身の危険も顧みず論陣を張ってきました。
今後も手抜きのない記事を願います。読売新聞創刊5万号、心よりお慶び申し上げつつ、ぜひ、言論の府として新聞人としての気骨を持って、6万号に向け邁進していただきたいと願い祝意とします。Goto

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