勝者は常に敗者に思いを致す。稀勢の里関、横綱昇進を祝す。
大相撲・大関昇進の目安は・・・3場所合計で33勝。
11年九州場所・・新大関琴奨菊に寄り切られ・・32勝に。
土俵下・・床を叩いて悔しがった稀勢の里をTV桟敷で観戦・・
鳴門親方が急逝・・愛弟子、涙の昇進、そんな美談仕立てで良いのか。
あの厳しい鳴門親方が存命ならば、1勝不足をどう解釈されたか。
鳴戸部屋一生懸命の指導が暴行事件扱いになり・・忸怩たる親方・・
すんなりと、大関昇進を喜んだか。拘ったのではないか。
32勝で昇進させるのは、八百長問題で人気が落ち、興行的にも問題と捉える・・
相撲協会の勇み足にならねば良いがと危惧を・・このブログで書いたのは・・
2011年12月06日・・・それから6年・・稀勢の里は悲運の大関として踏ん張り・・
初場所で悲願の優勝。遂に横綱に昇進。頑張りました。おめでとうございます。
日本中が18年ぶりの日本人横綱にフィーバーしているが・・
大相撲ファンの私としては、どうもスッキリしない。
あの時・・・結果論だが・・もう1場所、大関昇進を遅らせれば、
もっと早く強くなり、横綱になったのにと思えて仕方がない。
それと、日本人横綱に意味があるのか。
外国人力士と日本人力士を分ける感覚に違和感を拭えない。
大相撲はスポーツであると同時に神事です。神の前では人は皆、平等です。
初場所の話題は稀勢の里関に集中・・それはそれで分かるのだが。
・・・八百長に関わっていないにも拘らず、2年間も角界から追放され、
裁判で勝訴、復帰した蒼国来(中国人力士です)が12番勝って敢闘賞・・・
メディアが全く触れないのもしっくり来ない。
復帰以降ここまで成長した、蒼国来関にエールを送るべきではないか。
それから・・・もう一つ・・
礼に始まり礼に終わる。勝者は常に敗者を思いやる・・大相撲が大相撲たる由縁です。
その大相撲の真髄を知れば、6年間、37場所大関を張った琴奨菊が陥落したこと・・
歯を食い縛って最後まで場所を務めた敗者に敬意を表すべきではないか。
今場所の稀勢の里に土を付けたのは琴奨菊。
去年の初場所・大横綱・白鵬関・贔屓の横綱・日馬富士関・横綱・鶴竜関を
連破して優勝した琴奨菊関には、膝を治療して、大関に復帰して貰いたい。
と願う話題が何処かにあればと思う。
とは申せ・・・稀勢の里大関昇進のブログ・・最後の下りに・・・
来年の名古屋場所、稀勢の里が綱を締めての土俵入りを見たいものです。と・・
新大関にエールを送って6年。その夢が叶うのは嬉しい。Goto
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