いつの時代の木造建造物なのかわかるのですねぇ・・・・
私の住まいがある岐阜・金華山の麓から、車で約15キロほど東南東に
走りますと木曽川左岸・各務原市です。川の対岸が犬山市です。
川を要塞にして犬山城が聳えます。犬山城は中国・後漢の群雄・公孫述が長江の丘に
建てた城と似ているロケーションから別名「白帝城」と呼ばれます。
1617年(元和3)徳川家康の家臣で尾張藩付家老の成瀬正成が城主を受け継ぎ
明治以降も2004年まで成瀬家が12代に渡って城を預かっていました。
1935年(昭和10)に国宝に指定、現在は成瀬家子孫が理事長の公益財団法人
犬山城白帝文庫が所有、犬山市が管理しています。
建立は室町時代末期(天文6年・1537)に織田家が造ったとされますが・・
明確な史料はありません。天守閣が建った年の記録もありませんでしたが・・・
世の中には色んな学問があり専門家がいるもので・・・・
「現存する最古の様式の天守」と曖昧に呼ばれていたのですが、
最古とは一体いつのことかを・・・建築史専門の大学教授と奈良の文化財研究者が
城の柱や梁(はり)などの部材39点を「年輪年代法」で測定した結果・・・
1階部分の柱が1585年・4階北側の床梁が1588年に伐採されたことが判明しました。
私にはお呼びも付かない研究があるのですねぇ。
誰が建造したという疑問も「信長の次男・織田信雄と家康の連合軍が
秀吉軍と戦った『小牧・長久手の戦い』・・・1584(天正12)年以降に
信雄方によって犬山城の築城が始まったことになります。
犬山市長は「犬山城が現存最古の天守であることが化学的に実証されたことは、
意義深い歴史的な新発見」・・・市はこれまで1537年説を重視して、16世紀末から
17世紀初めに建てられたと見られる松本城・彦根城など現存する12城の中で
最古とPRできることになったと大喜び・・・
コロナ禍で観光事業が停滞していますが・・・・
岐阜城の天守からは犬山城も関ヶ原古戦場跡も望めます。
犬山城の築城時期がはっきりしたことで、つわものどもが
駆け巡った戦後の世を更に掘り下げることがでます。
「年輪年代法」・・・での新発見・・・犬山城は日本最古の
木造建築の天守です。戦国巡りを楽しむ人たちの観光として
再び多くの人々が訪れますように。Goto
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