株主総会

ご臨席賜りました株主各位に改めて、敬意と感謝を申し上げます。

中広は東京証券取引所・スタンダード市場に上場しています。
2007年・広告代理店の分野(分類はサービス)では4番目として、
名古屋証券取引所・新興市場・セントレックスに上場させてもらいました。

その後、名証二部に、東証二部に、さらには2017年には東証一部に四度目の上場を果たしました。3年前、東証の市場変更により、東証一部市場からスタンダード市場に指定替えをし、今日にあります。私の知るところでは、4回上場を果たした企業は稀であります。

中広の上場、当初は、市場からの資金調達・直接金融を目的としてはいませんでした。当時全国に中小零細の広告代理店が4000社近くありました。大半が新聞社の下請けとして糊口を拭っていました。我が社も中日新聞岐阜県版の広告代理店としてスタートしました。

みなさんはどう思っておられるか窺い知ることはできませんが。
中広が創業した1970年代は、電通の中興の祖、故吉田秀雄氏が喝破したように、広告は胡散臭い。広告代理店は社会的地位が低く、広告の営業は裏口、もしくは勝手口から来い。正面玄関から入ってくるなと、蔑まれた時代でした。

私は、この民主主義となった国に、貴賤貧富の差、職業差別があってはならないと思いつつ、企業訪問の際、勝手口に回される広告代理業の悲哀を感じながら中日新聞の営業をしていました。広告代理店の業界は商習慣から、上場業種に馴染めないと言われていました。

そんな折、映像会社と合併した広告代理店が上場しました。現ADKであります。続いて博報堂が。さらに海外に進出するには上場することで財務の透明性を確保せねばならないと、当時の成田社長に率いられた電通が上場しました。いずれもメガエージェンシーです。

その後、インターネット系と申しますか、IT関連で広告を扱う新興の企業が上場を果たす。これはまさに上場マジックというもので、創業者が上場益を得るためのIPOゲームであり、地に足がついた上場ではないと思っていました。

敢えて申しますと、オールド広告会社はなかなか上場できませんでした。
ましてやローカルの中小広告代理店が上場するなどは業種的にも、経営的にも無理だと言われていました。2007年、中広はローカルの広告代理店として全国で4番目に名古屋証券取引所・新興市場・セントレックスに上場しました。

それを追うように全国の広告代理店が、それぞれの特徴を生かして上場しています。その意味では、地方の広告代理店に一条の光になったと自負しています。

6月26日・第46回中広株主総会・岐阜本社の会議室にて開催しました。
中広の株主数は1万2千名であります。お集まり頂いた株主様に改めて感謝申し上げます。この1年間の業務内容をご報告申し上げ、今期の方針について、なすべき課題を提案させて頂きました。

ご理解頂きました株主様には、この場をお借りし改めて感謝致します。
株主様には、今期もご期待に応えるべく社員一同、さらなる精進を尽くす所存でございます。旧倍のご理解とご支援をお願い申し上げ、株主総会開催のお礼と致します。Goto

コメント