人は何のために生きるのか。

自分と自分の周りの人々の幸せのために

人は何のために生きるのか。
古来、多くの哲学者や宗教家が問い続けてきた永遠のテーマである。答えは人それぞれだろう。しかし、私なりに七十余年の人生を生きてきて辿り着いた結論は極めて単純である。

人は「自分と自分の周りの人々の幸せのため」に生きるのである。

私はあえて「自分」を最初に置く。自分を後回しにして、周りの人々のために生きると言った方が聞こえは良い。しかし、それでは少し格好良すぎる。人間はまず自分自身を律し、自分自身を磨き、自分自身を幸せにする努力をしなければならない。自分を大切にできない人に、人を幸せにすることはできないからである。

もっとも、本音を言えば、自分の周りの人々が幸せになるよう命懸けで生きていれば、自分の幸せなど後からついてくる。これが人生の真理ではないだろうか。

では、「周りの人々」とは誰なのか。
家族であり、友人であり、知人であり、ご縁をいただいたすべての人々である。
政治家であれば国民であり、地域住民である。教師であれば教え子であり、医師であれば患者である。

私の場合はさらに広い。
我が社の仲間たちと共に発行する地域みっちゃく生活情報誌。その誌面を手に取り、ページをめくってくださる全国の読者の皆さまである。現在、約1200万部。読者数にすれば2000万人を超える。その方々もまた、私にとっての「周りの人々」なのである。

だから私は、地域を元気にしたいと願う。地域が元気になれば、人が元気になる。人が元気になれば、日本が元気になる。私たちの志は、単なる情報誌の発行ではない。「日本を元気にする」という志そのものなのである。

目標は5000万世帯への配布である。日本全国津々浦々、すべての地域に情報を届け、人と人をつなぎ、商いを応援し、暮らしを豊かにする。それによって、一人でも多くの人に笑顔になっていただく。それが私たちの使命である。もちろん、理念を掲げるだけでは空念仏である。

人間は弱い。怠けたい心もある。逃げたい時もある。愚痴をこぼしたくなる日もある。だからこそ、自らを鍛えねばならない。悩み、苦しみ、学び、反省し、己を磨き続けなければならない。

人間学とは、自分を磨く学問である。人生とは、自分を完成に近づける修行の道でもある。最近、世界は混迷を深めている。戦争が起き、国家は力を競い、人々は分断される。自分さえ良ければよいという風潮も強まっている。

しかし、人間は本来そういう存在ではない。人は一人では生きられない。誰かに支えられ、誰かを支えながら生きている。だからこそ、自分だけの利益ではなく、自分と周りの人々の幸せを願う心が必要なのである。

私は喜寿を過ぎた。
人生の終盤に差しかかっている。
しかし、だからこそ思う。

残された人生を、何のために生きるのか。
答えは変わらない。「自分と自分の周りの人々の幸せのため」である。
その志を胸に抱き続ける。そして、生涯現役で学び、生涯現役で働き、生涯現役で人のお役に立つ。人生の最期の日まで。それが私の生き方であり、私の人間学である。Goto

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