足元を見られる国

靴下の話である。

皆さんは朝、靴下を履く時、何を思うだろうか。私は高齢者の仲間入りをしてから、靴下を履くのが少々面倒になった。腰を曲げ、片足を上げ、バランスを取りながら履く。若い頃には何でもなかった動作が、年齢とともにひと仕事になる。

そう言えば昔、軍隊では靴下を瞬時に履く方法を教えたという。二足を揃え、履き口を整え、左右を確認し、いつでも履ける状態にしておく。戦場では準備がすべてである。慌ててから動くのでは遅い。平時から整えておく。その教えは人生にも通じる。

しかし、面倒だからと言って靴下を軽んじてはいけない。

靴下は紳士の嗜みである。
足にぴたりと合った靴下を履くと、不思議と背筋が伸びる。靴の中で足が安定し、歩き方まで変わる。冬は寒さから守り、夏は汗を吸収する。靴擦れを防ぎ、足の健康を支える。まさに縁の下の力持ちだ。

ところが、その靴下を巡る現実は厳しい。
日本の靴下市場は、今や輸入品が圧倒的多数を占める。ストッキングを含めた輸入比率は2024年には約9割に達した。1989年、国内生産が最盛期だった頃の輸入比率はわずか8.6%である。わずか一世代で立場が完全に逆転した。

かつて世界に誇った日本の靴下産業は、海外から流入する安価な製品との競争にさらされ続けた。日本靴下工業組合連合会によれば、設備の老朽化や技術者の高齢化が進んでいるという。各社は高級路線や高機能商品で活路を見いだそうとしているが、その道は決して平坦ではない。もちろん消費者にとって安価な商品はありがたい。

だが、私は少し不安になる。
もし円安がさらに進めばどうなるのか。

これまで安かった輸入品が高くなる。国内生産能力は縮小している。海外から買えば良いと思っていた商品が、ある日突然高価になり、手に入りにくくなるかもしれない。

靴下は小さな商品である。しかし、その靴下一足に、日本の産業構造の弱さが映し出されている。靴下が作れない。衣類が作れない。日用品が作れない。やがて食品まで海外依存になる。

日本の食料自給率の低さが問題視されるが、本質は同じだ。
自国で生産する力、つまり自衛力が失われているのである。

国防とは軍事だけではない。
食料を作る力。エネルギーを確保する力。生活必需品を生産する力。その積み重ねが国の底力である。

「足元を見る」という言葉がある。相手の弱みにつけ込むという意味だが、今の日本は世界から足元を見られかねない状況にあるのではないか。

靴下一足から見える日本の現実。
時代は足元から動く。そう考えると、猫の額ほどの庭ではあるが、
野菜づくりでも始めようかと思う。小さな自給自足への挑戦である。

靴下を履きながら、日本の未来を考える。
そんな朝があっても良いと思うのである。Goto

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