呈味

豆なしコーヒーは定着するか。

私はコーヒーを飲まない。理由は単純で、美味しいと思ったことがないからだ。香り、色、コク、酸味、苦味。世のコーヒー愛好家が語る魅力は理解できる。

しかし、私にはどうも縁がない。体質的に受け付けないわけでもなく、頑なに拒否しているわけでもない。紅茶のような薄いアメリカンなら口にすることもあるが、それなら白湯や水で十分ではないかと思ってしまう。

そんな私からすると、日本人のコーヒー好きは実に不思議である。日本のコーヒー消費量は世界でも上位に位置し、米国、ブラジル、ドイツに次ぐ世界4位ともいわれる。缶コーヒーやペットボトル市場も巨大だ。コカ・コーラのジョージアだけでも2025年に9180万ケースを販売したという。

日本にはお茶文化がある。水も美味しい。にもかかわらず、なぜこれほどコーヒーが定着したのか。喫茶店という文化が大きかったのだろう。休憩し、人と語らい、考え事をする空間。お茶や水だけでは商売にならなかったのかもしれない。あるいは西洋文化への憧れもあっただろう。いずれにせよ、今やコーヒーは完全に日本人の日常に溶け込み、一つの文化となった。

ところが、そのコーヒー文化に異変が起きている。気候変動である。世界で最も多く飲まれているアラビカ種は、高温や異常気象に弱い。研究によれば、2050年頃までに栽培適地が半減するとの予測もある。コーヒー好きには見過ごせない話だ。

そこで動いたのが飲料メーカーである。商魂たくましいと言うべきか、したたかと言うべきか。今度は「豆なしコーヒー」が登場した。

コカ・コーラはモロコシ由来の植物繊維を使い、香り成分と甘味、苦味、酸味を組み合わせてコーヒーらしい味を再現する商品を開発した。アサヒ飲料も植物由来カフェインを活用し、コーヒー特有の香りや飲み応えの再現に挑戦している。

ここで注目したい言葉が「呈味(ていみ)」である。呈味とは、人が感じる味や風味を設計し、再現する技術のことだ。苦味、酸味、甘味、香り、余韻。それらを組み合わせ、人間の舌と脳に「これはコーヒーだ」と感じさせる。

しかし、ここで一つの疑問が生じる。
コーヒーとは何か。本来、コーヒーとはコーヒーノキの種子、すなわちコーヒー豆を焙煎し、抽出した飲料である。ならば、豆を使わないものは厳密にはコーヒーではない。コーヒー風飲料、あるいはコーヒーもどきと呼ぶべきだろう。

もっとも、世の中には似た例がある。ビール系飲料である。酒税を抑えるため麦芽比率を下げた発泡酒や第三のビールは、今や巨大市場を築いている。本物ではないから駄目だとはならなかった。消費者が価値を認めたからだ。

豆なしコーヒーも同じ道を歩むのだろうか。それとも、やはり本物には勝てないのだろうか。コーヒーを飲まない私には正直よく分からない。もどきが出ても、おそらく普段は飲まないだろう。しかし、一度くらいは試してみようと思う。

気候変動は遠い世界の話ではない。私たちの日々の嗜好品にまで影響を及ぼし始めている。そして企業は、その変化を乗り越えるため知恵を絞り、新たな価値を創造しようとしている。

「呈味」という言葉の裏には、失われるものを嘆くだけでなく、変化に挑み続ける人間の創意工夫がある。果たして豆なしコーヒーは日本に定着するのか。それは単なる新商品の成否ではない。気候変動時代における、人間の知恵と適応力が試される挑戦なのである。Goto

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