スイス人口1000万人制限が問いかけたもの
近い将来、日本でも俎上に載る議論かも知れない。スイスで、人口を1000万人に制限するかを問う国民投票が行われた。結果は賛成45.21%、反対54.79%。反対多数で否決された。しかし、この数字は「否決された」という事実以上に重い意味を持つ。人口問題が国論を二分したのである。
2000年に約720万人だった人口は、25年には約910万人に増え、35年には1000万人に達すると見込まれている。その背景には移民の増加がある。現在でも人口の約3割が外国出身者であり、このまま増えれば、将来は国民の半数近くが移民になる可能性があるという。
右派政党は「この国の将来を考えれば、人口増加に歯止めが必要だ」と訴えた。一方、経済界は「人手不足が深刻化する中で、移民は産業を支える重要な存在である」と反対した。
どちらにも一理ある。
人口が増えれば、住宅不足、交通渋滞、医療や教育への負担、環境問題など、さまざまな課題が生じる。一方で、人口が減れば、労働力不足となり、経済成長は鈍化し、社会保障制度の維持も難しくなる。つまり、「人口を増やすか、減らすか」という単純な話ではない。どのような社会を築きたいのかという国家の理念が問われているのである。
この問題は決してスイスだけの話ではない。
日本は逆に人口減少社会へ突き進んでいる。少子高齢化が進み、人手不足は年々深刻さを増す。外国人労働者を受け入れなければ社会が回らない産業も少なくない。
しかし、その一方で、急激な受け入れは文化や地域社会との摩擦、安全保障、教育など、新たな課題を生む可能性も否定できない。からこそ、日本も感情論ではなく、冷静な国民的議論を始める時期に来ているのではないか。
移民を増やせば解決するという単純な話でもない。かといって、国境を閉ざせば済む話でもない。人口政策とは、国家百年の計であり、目先の景気対策だけで論じるべき問題ではない。
私は、人の流れを法律だけで完全に止めることは難しいと思う。世界の経済格差がある限り、人はより豊かな暮らしを求めて移動する。それは歴史が繰り返し証明してきた。だからこそ重要なのは、「何人受け入れるか」ではなく、「どのような価値観を共有し、共に生きる社会を築くか」である。
他山の石とは、他人の失敗を自らの教訓とすることだ。スイスの国民投票は、日本に対しても静かに問いかけている。人口問題は、数字の問題ではない。国家の未来像と、人間の共生をどう考えるか。その覚悟が試される時代に、私たちは生きているのである。Goto


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