郵便局が本屋を兼ねる。発想は良いが。
私はもともと本を読むのが遅い。
若い頃から速読とは無縁で、一冊を読み終えるのに人の何倍も時間がかかった。
それでも昔は、少しずつでも確実に前へ進んだ。ところが最近は違う。本を開き、無心で読んでいるつもりなのに、気がつけばページは数枚しか進んでいない。「頭の回転が鈍くなったのか」と、少々気落ちしていた。
そんな折、同輩がこんなことを言った。
「それは頭じゃない。見る力が衰えたんじゃないか。」なるほどと思った。
私も最近、小さな文字が見えにくい。新聞の活字がかすむ。輪郭がぼやける。目薬を差すと少し楽になるが、しばらくすると、読む気力そのものが萎えてくる。老化とは、筋力や記憶力だけではない。「見る力」の衰えでもあるのだろう。
そこで私も朝、机に向かった時と、夜眠る前に目薬を一滴。目に栄養を与えようと決めた。効くかどうかは分からない。しかし、人間とは「良くなろう」と努力している間は、まだ前を向いている生き物である。
そんなことを考えていた時、新聞で心温まる記事に出会った。全国では書店が減少、2026年3月時点で510自治体、全体の29.3%が「無書店自治体」となった。つまり三割近い街には、本屋が一軒もない。これは単なる商店の減少ではない。本との偶然の出会いが失われ、地域文化の土壌が痩せていくということでもある。
そんな中、日本郵便が福島県内四つの郵便局で児童書などの販売を始めたという。郵便局が本屋を兼ねる発想である。私は「これは面白い」と思った。郵便局は、地域で人が集まる場所の一つである。そこに本が並べば、子どもも大人も自然と本に触れる機会が生まれる。地域文化を守る試みとして、大いに期待したい。
ただ一方で、事業は始めることより続けることの方が難しい。郵便局も民営化から20年。地域のために何ができるかを、一人ひとりの職員が自ら考え、行動する組織であってほしい。来年3月で試みが終わるのではなく、全国へ広がることを願っている。
結局、「見る力」とは、目だけの話ではない。文字を見る力。人を見る力。時代を見る力。そして未来を見る力。人間学とは、物事の表面ではなく、本質を見る学問である。目薬で視界は少し晴れるかもしれない。しかし、本当に養わなければならないのは、人生を正しく見つめる「心の眼」である。
私もまだ、本を読み続けたい。
ページをめくる速度は遅くてもいい。
人生も読書も、大切なのはどれだけ速く読むかではない。
どれだけ深く読み、深く見るかなのである。と自分を慰める。Goto


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