喜寿ゆえに思う。

高齢者医療は「受益者負担」の原則に立ち返れ

私如きが偉そうなことを申し上げてはいかんと思うのだが、やはり綴るべきだと思う。

高齢者医療費の窓口負担である。
国民医療費は、この10年で約42兆円台から2023年度には48兆915億円へと増え、過去最高を更新した。高齢化や医療の高度化を背景に、右肩上がりが続いている。

政府は骨太の方針で、2027年度予算編成過程において高齢者の窓口負担の見直しについて結論を得るとしている。まさに避けて通れない課題である。

現在の窓口負担は、未就学児2割、小学生から69歳までは3割、70~74歳は原則2割、75歳以上は原則1割で、一定以上の所得者は2割または3割となっている。さらに、高校生までの医療費を助成し、実質無料としている自治体は全国の大半に及ぶ。

厚生労働省によれば、2023年度の75歳以上一人当たり医療費は95万3,800円で、65歳未満の4倍を超える。

私は、70歳以上の窓口負担は、所得条件を設けず原則3割に改めるべきだと考える。

もちろん異論はあるだろう。日本維新の会は、高齢者の負担を見直し、現役世代の社会保険料を軽減すべきだと主張している。一方で、「高齢者にさらなる負担を求めるべきではない」「税財源をもっと投入すべきだ」という意見も根強い。

私は喜寿を過ぎた。身体はあちらこちらガタが来ている。
それでも、だから若い世代に負担を押し付けてよいとは思わない。

自分の健康は、自分で守る。毎朝のラジオ体操、ウォーキング、ストレッチ、節度ある食事、十分な睡眠、そして笑うこと。病気にならない努力こそ、高齢者の責任ではないだろうか。

人間学は、「権利」を語る前に「責任」を問う学問である。受ける恩恵が大きくなるほど、それを支える責任もまた大きくなる。社会は、与えられるだけでは続かない。支え合ってこそ成り立つ。

コロナ禍では、高齢者の受診控えが起きた。その結果、医療費は一時的に減少した。そこから学ぶべきことは、「本当に必要な医療」と「そうではない医療」を見極める視点ではないか。医療資源には限りがある。その限りある資源を、本当に必要とする人へ届けることが制度を守る道である。だからこそ、その人を支える制度もまた、持続可能でなければならない。

未来を担う若者が希望を持って働き、安心して子どもを育てられる社会を築くこと。
それもまた、高齢者の務めである。私は喜寿を過ぎた今だからこそ、あえて申し上げたい。高齢者こそ、自らを律し、未来世代への責任を果たそうではないか。

政府は臆することなく、3割負担に踏み切れ。Goto

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