世の中うそだらけ、何がホントかシンカトリ
日経新聞の全面広告に捲る手を止めた。そこには、金鳥の本社ロビーに鎮座する巨大な蚊のオブジェが写っていた。そして脇には、実に挑発的なコピーが躍る。
「世の中うそだらけ 何がホントか シンカトリ」
実に面白い。広告というものは本来こういうものだと思う。商品説明だけではない。人の心を動かし、会話を生み、思わず誰かに話したくなる。そんな遊び心があってこそ広告である。
最近は新聞広告がめっきり減った。広告主が即物的になったのか、あるいは新聞購読者の減少によって広告効果を厳しく問われるようになったのか。経済合理性から見れば当然なのかもしれない。しかし、新聞命の私としては少々寂しい。
私は毎日六紙の新聞に目を通す。新聞は記事を読むためだけにあるのではない。広告もまた社会の鏡であり、その時代の空気を映し出している。広告が少ない新聞は、どこか殺風景で味気ない。人間で言えば表情のない顔のようなものだ。そんな中で、この金鳥の広告は久しぶりに新聞らしい新聞広告を見た気がした。
ところで、私は還暦を機に始めた朝のウォーキングを十七年間続けている。
雨の日も風の日も歩く。家人からは「よく続くものだ」と半ば呆れられているが、もはや生活の一部であり、生き甲斐である。こうなれば死ぬまで続けるつもりだ。
そのウォーキングで唯一の天敵がいる。
蚊である。途中、県の総合運動場の広場で二十分ほどストレッチをする。屈伸運動に体操、仲間との世間話。実に楽しい時間だが、この季節になると蚊が待ち構えている。
虫除けスプレーを全身に吹き付ける。帽子には虫除けパッチ。長袖着用。短パンは履かない。さらに虫除けゴムを手首に装着。私なりに考えられる防御策を総動員する。
しかし敵もさるもの。必ずどこかの隙を見つけてチクリとやる。「本当に効いているのか?」と首をかしげる日々である。
そこで、この広告だ。「電気も使わず、置くだけで蚊が落ちる。これはホント。」
置くだけ?
それなら私のストレッチ広場に持っていけばよいではないか。しかも一日十二時間使用で二百日有効という。
本当なら、この夏は蚊との戦争に終止符が打てるかもしれない。よし、信じてみよう。今日にでもドラッグストアへ行って買い求めることにする。
KINCHOに間違いはなかろう。
日経新聞の広告に偽りはなかろう。もし本当に効いたなら、私の十七年越しの悩みが解決することになる。
もっとも、広告の役割は単に商品を売ることではない。人に夢や期待を抱かせることでもある。「もしかしたら効くかもしれない」そう思わせた時点で、この広告はすでに成功している。
そして何より面白かったのは、金鳥の本社ロビーにある巨大な蚊である。まさか蚊取り会社の本社に、あれほど大きな蚊が鎮座しているとは。害虫退治の会社が、蚊を企業の象徴にしてしまう。そこに企業文化の豊かさがある。敵を知り尽くした者だけが持てる余裕なのだろう。
広告もまた同じである。理屈だけでは人は動かない。数字だけでも心は動かない。最後は遊び心であり、人間味であり、ユーモアである。
広告とは人間学そのものだ。
だから私は新聞広告が好きだ。
記事が世の中の現実を教えてくれるなら、広告は世の中の希望や夢を語ってくれる。
明日の朝、私はまた歩く。そして蚊に刺されるかもしれない。しかし、もしシンカトリが本当に効いたなら――。
私は金鳥に脱帽し、この全面広告を今年最高の広告だったと認めることになるだろう。まずは実験である。さて、結果やいかに。蚊との戦いは、まだ始まったばかりである。Goto



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