AIを敵にしても勝てない。

機械をおそれる時代ではない使いこなす時代だ。

フランス・マルセイユで「世界ニュースメディア大会」が開かれ、約60カ国、1300人の報道関係者が集った。最大のテーマとなったのが生成AIとの向き合い方である。

報道機関の危機感はよく分かる。
AI企業はニュース記事を学習し、要約し、再構成して利用する。その結果、本来なら新聞社や報道機関に入るはずだった読者や広告収入がAI側へ流れる。

このままでは報道機関の経営基盤そのものが揺らぐ――。そうした危機感から、「著作権侵害として対抗すべきだ」「適正な利用料を支払わせるルールを作るべきだ」との議論が交わされた。もちろん、著作権は守られなければならない。正当な対価も必要だ。その点に異論はない。

しかし、私はどこか虚しさを覚える。

記事を公開した瞬間、AIはそれを学習する。技術の進歩は一日たりとも止まらない。入口を閉めても別の入口ができる。それがデジタル社会である。ならば、AI企業と力比べをして勝てるのだろうか。

私は難しいと思う。
いずれAI企業自身が世界中に記者を配置し、現場映像を集め、AIが瞬時に分析し、多言語で世界へ発信する時代が来るだろう。速報性も分析力も、人間だけでは太刀打ちできなくなる。

だから、戦う相手を間違えてはいけない。
AIは敵ではない。新しい印刷機であり、新しいカメラであり、新しい通信網である。道具なのである。

新聞は活字印刷を取り入れた。写真を載せた。カラー印刷を採用した。インターネットにも挑戦した。どれも最初は「新聞を壊す」と恐れられた。しかし、生き残ったのは、それらを拒否した新聞ではなく、使いこなした新聞だった。

生成AIも同じではないか。
AIを使って調査を深める。膨大な資料を瞬時に分析する。海外ニュースを即座に比較する。動画、音声、多言語へ自在に展開する。その上で最後は人間の記者が現場へ行き、自ら見て、聞いて、考え、責任を持って署名する。そこに新聞の価値がある。AIと対峙するのではない。AIと共存し、AIを従え、人間にしか書けない記事を書くのである。

皮肉なことに、世界のニュースメディアを代表する組織でさえ、自分たちの足元の問題になると、AI時代を「脅威」としか見られなくなる。少し冷静になってはどうだろう。
時代は人間対AIではない。AIを使う人間と、使われる人間との競争になった。
もはや時代は、機械を恐れる者ではなく、機械の使い方を知る者によって動くのである。Goto

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