地域の記憶を誰が伝えるのか?
今日は八朔(はっさく)である。
八朔と聞けば、柑橘類を思い浮かべる人が多いだろう。だが、本来は「八月朔日」の略。「朔日」は、月の初めの一日を意味する。
旧暦の八月一日は、稲が実り始める頃であった。農家は田畑の恵みを神に感謝し、五穀豊穣を祈った。「稲の実」が「田の実」となり、さらに「頼み」へと転じ、日頃頼みにしている人へ贈り物をし、感謝を伝える風習も生まれたという。
徳川家康が江戸城に入った日も八朔であったことから、江戸時代には大切な祝日となった。
今も東京・大國魂神社では、子どもたちによる八朔相撲祭が受け継がれている。京都の花街では、黒紋付きの正装に身を包んだ芸妓衆、舞妓衆が、芸事の師匠やお茶屋へ挨拶に回る。
こうした日本の歳時を私たちは、新聞やテレビを通じて知ってきた。
ところが、そのテレビが急速に茶の間から消えつつある。
NHK放送文化研究所の「2025年国民生活時間調査」では、調査日に15分以上リアルタイムでテレビを見た人は、国民全体で71%。20代では見なかった人が7割を超え、30代以下では視聴者が半数を割った。動画配信やSNSへ時間が移った結果である。
問題は、テレビが見られなくなることだけではない。地域の祭り、伝統芸能、郷土の歴史、名もなき人々の営みを、誰が記録し、誰が次代へ伝えるのかという問題である。
広告収入を主な財源とする民放、とりわけ地方局の経営は厳しい。だが、視聴率が下がったからといって、東京発の番組を流すだけでは存在意義を失う。地方局が守るべきものは、電波という器ではない。地域の記憶である。
放送かネットかという二者択一でもない。テレビ番組をスマホへ届け、短い動画から本編へ導き、地域企業と連携して祭りや文化を映像資産として残す。広告も、単なる15秒の枠売りから、地域の物語を企業と共につくる仕事へ変わらねばならない。
八朔は「頼み」の節句でもある。
地域の人々から「この局があるから、私たちの町の記憶が残る」と頼みにされる存在になれるか。民放の将来は、技術ではなく、その覚悟に懸かっている。
広告に携わっている一人として、テレビの衰退を眺めているわけにはいかない。地域文化を伝え、人を結び、郷土への誇りを育てる。それこそが、これからの民放が担うべき使命ではないか。Goto


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