批判は易し、称賛は難し

コミュニケーションの時代だと思う。
ネット社会は、人と人との触れ合いの場をPCやモバイルの画面に移行させているようだが、残念ながら、まだ、文明の機器では十二分なコミュニケーションを取るのは難しい。
だからと言って、PCやモバイルでの人間関係の構築を頑なに否定する人も大人げない。日本社会がなかなか、元気にならない原因に、コミュニケーションの中身に問題があるのではと・・思う。
日本人の特性なのか?メディアがそうなのか?私には解らないが。人は人を批判したり、非難したりすることは、案外容易にできるのだが。一方、褒めたり、讃えたりすることは苦手なようである。
人は、稀な人を除いて、人にどのように見られているかをとても気にする。その際、非難や批判はもとより、意見や忠告でも、気になるし、聞きたくない。つまり、人を批判すれば、コミュニケーションはとれないということになる。
にも拘らず、案外、平気で人の批判をする人が多い。人の批判をすればコミュニケーションはとれない。だから、日本人の特性ではないかと思う。だとすると、日本人は悲しい民族だ。
メディアもそうである。人を褒めたり、評価すると、その人になびいているとか。何か裏があるのではと、勘ぐられるのが嫌なのかも知れないが。とにかく、人をけなす。人の弱みや不祥事を挙げへつらえば、大衆はメディアに興味を示し、注目してくれると思っているらしい。
そういうメディアの影響も、日本人を非難好きのコミュニケーションベタにしているのではないだろうか。何でも、メディアのせいにはしたくはないのだが・・・・・・
随分と穿った見方だが、新聞の購読部数が減少するのは、批判のための批判を繰り返す紙面に辟易した読者が、新聞とのコミュニケーションを嫌い始めたからではと取れないだろうか。だとすると、批判からコミュニケーションは絶対に生まれない理屈も成り立つ。
とはいうものの。人を認め、人を尊敬して、人を褒め讃えることは本当に難しいこと。その難しさに目を背ければ批判のための批判をする楽な方に走ってしう。それでは誰ともコミュニケーションはとれない。
コミュニケーションの時代。今年の年頭に当たって、私が自分に言い聞かせているのは、「批判は易し、称賛は難しでは、ダメだ」。人の批判をする前に、すべてを受け入れ、すべてを認める。すべては、そこからしか、始まらないと肝に銘ずべし。
でも、私もメディアに毒された田舎の俗人。それもおっさん。人を認めて褒めるのは、本当に難しい。
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