拝啓・高村薫殿

晴子が泣いていませんか?
最近社会時評発言が多くなった・・・作家の高村薫さん。
13日付けの中日新聞夕刊でも、震災、原発問題で、辛辣な、社会批判を展開しています。
原発事故に関して。経済界には・・・電力不足。経済活動の停滞。景気の悪化。復興の妨げ・・・だから、原発を動かせはおかしいと疑問を投げかけ・・・。経産省には・・・財界の意を受け原発立地県へ再稼働の圧力を掛けていると批判する。
復興は遅々として進まない。復興構想会議の提案に対しては本来は復興計画の青写真をつくる場なのに、政治に先んじて復興増税の音頭を取るとは何事だと辛辣・・。
政治に至っては・・・メディア批判の上塗りで、原発の事故処理も復興財源問題も、原子力損害賠償支援機構法案や、二重ローン対策の債権買い取り機構法案も・・・何事に付けて不都合は隠し、与野党も現実を迂回して決断を先送りするばかりと・・・手厳しい。
国民は節電で爪に火を灯すような努力をしているのに、未来への展望が全く見えないまま。消費税の10%増税、B型肝炎和解金のための臨時増税を押し付け・・・ようとし・・・
赤字国債の限界、金融資産の余力も底を付いてきて漠とした不安がのしかかっているのに・・・この国の為政者である政治家も官僚も財界も、だれもモノを言わず・・・当面を凌ぐための、自分達の欲望の話ばかりしていると・・・・徹底した悲観論を展開する。
・・・で、高村さん・・・それで、どうなの?貴方の結論はなんなの?貴方はどうしたいの?
どのみち先行きは厳しく、早期の増税も不可避なのであれば、ここは子供たちの未来のために、私達は決断をして進取の一歩を踏み出すべきときではないのかと、心底思う。と結んでいるのだが・・・・私たちって??誰のこと?決断って、何をどう、決断せよと言っているのですか?さっぱり分からない。
私は、94年、「マークスの山」で直木賞を受賞して敢然と文壇にデビューした、貴方の前途に大いに期待した一人です。98年のレディージョーカーに、感動した一人です。
でも、しかし、02年の「春子情歌」・・・大いに期待して読もうとしたんですが・・・・さっぱり理解もできないし、小説にもなっていない駄作に・・・(いまだに本棚の塵です)それ以降のあなたの小説にまったく興味がなくなり、読む気になりません。
そのあなたが・・・この処・・・盛んに社会批評されていますが、現実は、小説ではありません。作家の戯言では済まされません。あなたの社会批評は・・・あなたの中で・・小説の代役をしているに過ぎないのではないでしょうか。
分かり切った批判のための批判を世に出すのはお止めになって・・・自ら選挙に打って出るか。社会批評を根源まで掘り下げた作品を練って、世に問うか?どちらかを選択される時が来ているのではないかと思います。
私の哲学には、女流作家を批判する思想はないのですが・・・      Goto

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