遅れても花は咲くのだ。

懸命に生きれば豊穣な人生が過ごせる。
直木賞を受賞した葉室麟さんの生き方に興味を持った。受賞作品「蜩(ひぐらし)の記」を読んだ。凛とした武士(もののふ)の生き方に共感した。藤沢周平に届けと祈る。
50歳になった時。「このままでいいのだろうか」と中途半端な作家人生を思い直した。若い頃に描いた夢や思いをなにひとつ叶えることなく馬齢を重ねている。残りの人生を考えた。10年、20年あるだろうかと。そう思った時から歴史時代小説を書き始めた。老いを意識した焦りかと思ったが二度と諦めたくはなかった。
書き続けるうちに、懸命に過ごせば、移ろい過ぎる時は、豊かさを増すことができるとわかるようになった。時間は長くなりはしないが、豊穣にはなっていくのだと知った。(中日新聞夕刊)
人生は若さではないですね。
老母の実家は、富有柿の産地。叔父が丹精こめて育て、毎年、晩秋には見事な富有柿を相伴に預かる。一昔前。柿木はゴルフクラブの素材であった。柿の木が硬い木である証。
硬い木が育つには、それなりの、時間がかかる。当然に柿が実るまでには長い年月がかかる。だから、立派な富有柿を実らせるまでには懸命な努力が必要になる。柿が実るに時間がかかることを「桃栗三年柿八年」という。
葉室さんは、50歳から、歴史小説を書き、花が咲いたのは還暦を迎えてから。それを「柚子は9年で花が咲く」と回想する。遅咲きというのだろうが。それが、いいのじゃないか。味がある。
人生終わりだなんて、夢も希望もない若造が多い。人生これから。遅れても花は咲くのだ。実るのだ。懸命に生きれば、豊穣な人生が過ごせる。そうだよね。ご同輩。Goto

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