地方紙が投じた一石に新聞の未来が見えた。
随分古い話なので、記憶が定かではないが・・・
地元紙、岐阜新聞が岐阜タイムスと題字を付けていたころ・・
60年ほど前のことです。タブロイド判の夕刊を発行した時期があります。
題字は東海夕刊と。現在の設置型夕刊、フジやゲンダイのような・・
斬新な紙面で結構人気があったようですが、残念ながら・・・
朝刊名を岐阜日日新聞と改めると同時に廃刊。現在のB版サイズの夕刊に。
その後、岐阜日日新聞社は岐阜新聞社と社名を変え・・
今日まで145年の歴史を刻み、県民のオピニオン紙として朝夕刊を発行しています。
亡き親父殿が岐阜新聞の記者出身ですので、私の子供時代は新聞と共にありました。
その岐阜新聞がこの10月から夕刊を休刊すると社告を打ちました。
「岐阜新聞社は夕刊を朝刊に統合します。夕刊を休刊することは辛いが、
共働き家庭の増加やスマホの普及、ライフスタイルの変化、メディアの多様化など
時代の変化と共に夕刊読者が減少、夕刊はその役割を終えたと判断した」と。
新聞命(しんぶんいのち)の私としては、
朝、目を覚ますと、ポストに朝刊が。朝食を食べながらページを捲る。
夜帰宅、ひと風呂浴び食卓に付き、ビール片手に夕刊を開く。
そんな日常に最も相応しいのが新聞・・・でも、そんな光景って、今や映画の世界。
スマホの普及が・・・そうですねぇ。新聞はスマホやタブレットで読む時代。
朝刊はさて置き、夕刊まで購読するのは、無駄な情報・・となりますかねぇ。
メディアの多様化が新聞を片隅に追いやるとしたら・・
夕刊休刊どころではない。新聞そのものの存在が問われる。
8月号の文藝春秋に「新聞の未来」についての特集が、
内容は一読頂ければと思うのですが、明治以降150年。
日本の近代化を支え、現代日本の推進役を果たしてきた新聞が、
変革の時代を迎えたことは間違いない。
新聞命の私としては、地方紙、岐阜新聞が投げ掛けた・・・
夕刊休刊は、新聞そのもののを問い直す一石だと解釈している。
私は、この一石に新聞の未来が見えた気がする。Goto
8/9 夕刊
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