さようなら2018年

連続4112回目のブログが書けることに感謝して。
今年も「悲喜交々」色々ありました。あなたはどんな一年でしたか。
懐古趣味はありませんが、さすがに大晦日。
2018年に感謝して一年を締めくくりたい。
「継続は力なり」と申しますが。
2007年の10月16日にスタートした「このブログ」(果たしてブログと呼べるのかどうか)
2018年の9月10日で、4000回に達しました。
続ければ力になるなんて、誰が仰ったのか存じませんが。
10年以上、毎朝書き続けているのですが、「何かの力」になった「何か」が
わからぬまま、今日もこうやって書き綴っています。
最初はHPを毎日動かすことで「我が社」の考えを伝えることを目的に。
次には、千日回峰行のつもりで1000回をめざし。
次に真言宗では二回、千日回峰行をやれば大阿闍梨だと乗せられ2000回に。
到達したら3000回やった人はいないなんておだてられ、
そうこうしているうちに、4000回が過ぎました。
途中から、日々の出来事や自分の考えていることを綴るよりも、
新聞の購読者が減っていることに……
親父殿が「地元新聞」をこよなく愛していたことで、私も「新聞」が大好き…
新聞の価値「権力を監視する」「弱者の立場に立つ」が失われてはと……
危機感を抱き、「新聞を読もう」と若い人に呼び掛けることをテーマに。
今年のブログを読み返すと「朝日新聞」に対する辛口のコメントが多い。
新聞が左右イデオロギーの対立に依拠してた時代は終わった、
新聞が政治を語るなら、観念主義(理想)と現実主義の妥協を探り、
社会を啓蒙する役割を担うのが使命ではないか。そんな視点から、
朝日の旧態然とした、55年体制から脱しきれない姿勢に警鐘を鳴らすのが
辛口につながったのかなぁと思っている。
今年は「働くとは」が問い直されました。
「働き方改革」が「労働時間の短縮」に焦点が移り、改革の本来の目的である、
「労働効率」をあげる視点が抜けたまま、「働かないことが善である」なんて風潮が、
蔓延しました。資源のない。高齢化を辿る東洋の小さな国が、いっときの栄華に迷い、
2千年に渡り培ってきた「労働は美徳である」という勤勉思想を投げ捨てた意義は
将来に禍根を残すではないか。
そして、外国人労働者、それも単純労働を担う労働者を安直に受け入れる。
その法案を、与野党「移民」問題には触れずじまいで国会を通過させたことは、
2018年が国家100年の移民転換点として禍根を残すことにならねばと危惧します。
それと「ネット広告の闇」が露呈してきました。
AIが広告料金を決め、AIが料金査定根拠を作る。人間不在で広告が配信される。
それがAI時代の広告業界の姿だとしたら。
リアル広告とのコラボしか、広告レスポンスはありえないだろう。
そんなことが、見えてきた広告業界の一年かなぁとも思っています。
エッ………今年は後17時間で終わり。いつまで、振り返っているのかって。
そうですね。今日と明日で変わるのは、年号だけ。
人の営みに、コペルニクス的転回があるわけじゃない。
では、最後に、平成という元号で迎える年末は今年が最後。
常に国民に「寄り添う」それが象徴天皇のお姿。その御心に救われた国民の一人として、
心より御礼申し上げます。ありがとうございます。
大晦日も連続4112回目のブログを書ける喜びに感謝して。さようなら2018年。Goto

コメント

  1. 匿名 より:

    おつかれさまです。今年も1年あっという間に過ぎてゆきましたが
    海外ベトナムは手テト休み2月5日元旦になり
    駐在員は日本に帰国します
    日本では明日新年のお正月ですが
    こちら平日普段と変わりなく年号が変わってゆくだけ
    もうなれましたが、どちらものお正月を駐在員は味わうことありません
    さみしいことになります。
    来年は年男になりいつまで働くのやら