戯(ざ)れ絵師逝く

広告会社のクリエーターは社会を風刺する目がなくっちゃね。

週刊朝日が廃刊になった。関係者たちは、名残惜しむように
「廃刊ではない休刊だ」と悔しさを滲ませましたが・・残念だが復活はない。
親元である朝日新聞でさえ、その存亡の危機なのだから・・・

それと関係はないのだが、9月末に現代の「戯れ絵師」と評された
風刺とブラックユーモアを利かせた風刺画を週刊朝日に45年間書き綴った
山藤章二さんが亡くなった。

週刊朝日は後ろのページから読めとまで言われた名物連載「ブラックアングル」は、21年12月まで通算2260回続いた。独特の描写で世相や政治をバッサリと斬る。政治家だけではない。内外の有名人をユーモラスな似顔絵仕立てで、
「時の人」として取り上げ、読者を魅了した。私も楽しんだひとりだった。

山藤さんの職業は分類するとイラストレーターです。
でもご当人は自分のことをわざわざ「戯れ絵師」と称していた。
「戯れる」とは「ふざける」のこと。世の中を斜に見ていたのであろう。
絵師とは江戸時代以前の「絵描き」のこと。「ふざけた絵描き」というのだから、斜に見る・・風刺する反骨の精神を忘れなかった。だから描き続けれたのだろう。

風刺画って・・・そういえば「新聞の政治欄にはいつも掲載」されていた気がするのだが。最近は目に付かなくなった。いや、掲載されなくなった。これって描く人がいなくなったのか。それとも経費削減で止めたのか?山藤さんの死で気がついた。「社会の隅っこから庶民の言いたいことを知らしめたり、時の権力者を批判し笑い飛ばしたりする役割がある」と語るのは、残された数少ない「戯れ絵師」のやくみつるさんである。

私は思うのです。
山藤さんは美術大を卒業後、最初に就職したのが広告会社のデザイナー。
演劇ポスターなどを手掛けてきたのがそもそもの出発点。その後、挿絵の分野に。70年には挿絵で講談社出版文化賞を。81年から「ブラック・アングル」と並行して週刊朝日で若いイラストレーターのために「似顔絵塾」を開き、それも1990回を重ねた。

83年に菊池寛賞・04年に紫綬褒章も得た。それに自らを風刺した作品があるかどうかは知らないが。多分あるだろう。あればまさに「戯れ絵師」である。
山藤さんに標的にされた政治家や有名人・始めはむっとするそうだが、そのユーモアに思わずいつの間にかにっこりしてしまうそうだ。

週刊朝日の廃刊とは関係ないのだが・・そんな現代「戯れ絵師」を育てた
週刊朝日の果たした役割を惜しみながら、山藤章二さんのご冥福を祈る。
彼なら「自らの似顔絵に輪を描いて、天国良いとこ一度はおいで」と
地獄の現世に暮らす我々に手招きしているのではないか。Goto

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