過去を振り返るだけの8月であってはならないと思います。
朝日新聞に「昭和100年の夏」と題した川柳がたりが掲載されました。
同じ航空隊に属した23歳の4人。100句の川柳を残して特攻で死んだ。
「特攻隊神よ神よとおだてられ」
「慌て者小便したいまま征き」
「勝負は我らの知ったことではない」
4人のうち2人は45年4月6日に、残る2人も4月11日に出撃した。
今年は昭和100年・戦後80年という節目の年だからこそ考えてみたいことがある。いくら戦争体験を風化させないと、8月に振り返っても、それは一過性。すぐに忘れてしまう。だからこそ、夏の終わりに三つのことを心に留めておきたい。
第一に、戦争で犯したメディアの責任・・・
報道は本来、権力を監視し、事実を伝える存在のはずでした。
しかし、戦中はその使命を見失い、戦意を煽り、人々を戦争へと
駆り立ててしまった。これは決して忘れてはならない教訓ではないか。
次の世代にきちんと残し、同じ過ちを繰り返さないための道標にすべきだと思う。とりわけ、新聞社はその特集をやって、毎年8月に紙面化すべきだ。
朝日新聞よ・・・
二つには特攻隊員が残した辞世の句。冒頭に川柳を書いた。本音だ。美化はあかん。二十歳前後の若者たちが、死を目前にして綴った言葉。その中には、家族を思う気持ちもあるが。死なねばならぬ無念も滲む。どんな学ぶ歴史以上に、その短い詩からは命の重み、そして戦争の悲しみがひしひしと伝わる。これを感じることは、平和を守る心を育てるうえで、とても大切なことだ。
文科省はどう考えているのだろうかねぇ?
第三に、広島と長崎の原子爆弾投下の事実。
核兵器がもたらした惨状を、私たちは絶対に風化させてはあかん。
戦争を知らない世代が9割を超えた。今だからこそ、全国の子どもたちが必ず一度は資料館を訪れ、目で見て、耳で聞き、心で感じる仕組みをつくるべきだ。
政治の覚悟だと思うのだが・・・裏金づくりに必死ではねぇ。
そして、戦後の日本の歩みも振り返る必要がある。
経済ではバブルに踊り、虚飾に酔った果てに大きな痛みを負っている。
文化では自国を素直に誇れることさえためらう、自虐的な空気が長く続く。
昭和100年・終戦80年という節目の今こそ、こうした歪みを見直し、
未来を自信と誇りを切り拓く契機にしたいものだ。
戦争の記憶を正しく伝え、平和の尊さを体に染み込ませること。
夏の終わりに立ち止まりながら、そんなことを静かに考えてみたい。Goto
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