小説の読み過ぎか。チョッピリ文学的に。
千歳空港。窓に叩きつける雪は横殴り。滑走路の向こうが白く霞む。電光掲示板には無情にも「欠航」の赤い文字が並び始めた。アナウンスの声もどこか硬い。帰路を急ぐ人々がカウンターに詰め寄る。ため息、舌打ち、苛立ち。空港はたちまち小さな修羅場となった。
だが、不思議と私は静かだった。
早朝便。ANAとAIRDOの共同運航。前夜からAIRDO機が待機しているという。始発だからこそ、まだ望みはある。三時か四時間か、天候回復待ち。長いと言えば長い。だが、人生の七十余年を思えば、ほんの瞬きのようなものだ。
「運が良い」
心の中で、そう呟いた。
鞄の中に、ずしりと重い一冊。文藝春秋三月特別号。単行本にしようかと迷ったが、なぜか持ってきた。芥川賞受賞作二作品全文掲載。前回は該当なし。あれはあれで選者の矜持を感じた。だからこそ、今回は気になっていた。
純文学は苦手だ。正直に言えば、最後まで辿り着けぬ作品も多い。だが「時の家」は違った。一軒の家を主人公に、その誕生から解体までを、二代に渡る人の営みと共に描く。家が息をし、軋み、時を抱きしめている。吹雪の音が遠のくほど、物語に吸い込まれた。
続いて「叫び」。大阪・茨木を舞台に、罌粟阿片(けしあへん)生産の秘史を織り込む。土地の匂い、人の欲、時代の影。ページが進む。あれほど難解と思っていた芥川賞が、今日は素直に胸に入ってくる。
窓外ではまだ雪が舞っている。だが、私のこの時間は、いつしか至福の読書時間へと変わっていた。人は状況に腹を立てることもできる。だが、与えられた時間をどう使うかは、自分で決められる。
読み終えて背伸びをする。ホテルでできなかったウォーキングの代わりに、待合室でそっとラジオ体操の動きをなぞる。肩が軽くなる。
ふと見ると、雪は小降りに。
「ANA4830便、搭乗を開始いたします」
そのアナウンスが、どこか祝福のように響いた。吹雪は止まなかったかもしれない。だが、心の中の吹雪は止んでいた。
運が良いとは、偶然に恵まれることではない。待たされる時間を、物語と出会う時間に変えられること。怒号渦巻く空港で、静かに本を開けること。
私は荷物を持ち、ゆっくりと列に並んだ。
窓の外の白い世界が、なぜか少しだけ、やさしく見えた。吹雪の中千歳空港まで、慎重に送ってくれた家族(同志)に感謝。チョッピリ長い移動だったが無事岐阜に戻ったよ。Goto



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