高市自民、圧勝。

総選挙、自民315・与党351議席。

自民党が単独で三分の二。凄まじい結果である。これが民意か、と唸るしかない。先ずは高市首相におめでとうございますと申し上げる。

首相がアイドル、国民的歌手のごとき人気を博し、選挙はどこか人気投票の様相を呈した。だが、政治は舞台ではない。喝采の後に残るのは、現実である。高市早苗首相には、ぜひ「勝って兜の緒を締めよ」と申し上げたい。

公約を一字一句守れとは言わぬ。しかし、これだけの議席は事実上の白紙委任である。その重みは鉛のように重い。

憲法改正、スパイ防止法、外国人政策――。何十年も燻り続けた懸案、数の力で理論上はすべて動かせる。一気呵成に進めるのか。それとも熟議を尽くすのか。歴史は手法を問う。

野党、とりわけ立憲民主党は壊滅的打撃だ。解党的出直しもやむなしか。
理念を磨き直し、軸を明確にせねば再生はない。
一方、公明党は平和と福祉を掲げてきた党である。連立の在り方をどうするのか。信じる道を歩む覚悟が問われよう。

国際舞台では、三月にドナルド・トランプ大統領との会談が控える。日米同盟の強化、防衛費増額、対中戦略の鮮明化。GDP比五%という水準まで本当に踏み込むのか。国の形が変わる決断である。

経済は積極財政へ舵を切るのか。財政出動で成長を取りに行くのか。
成長と財政規律の両立は、口で言うほど容易ではない。

圧勝は祝祭ではない。
それは責任の総量である。民意は熱狂で生まれることもある。
だが、国家は熱狂では運営できない。

今こそ、冷静と謙虚。勝者にこそ、節度を。数の力を振りかざすのではなく、包摂の政治を。これが日本人なのですねぇ、と呟きながらも、私は願う。この圧勝が、慢心ではなく、成熟の第一歩であってほしいと。

さらに申し上げたい。
高市早苗首相は、松下政経塾の出身である。あの塾を創設したのは、言うまでもなく松下幸之助翁だ。

幸之助さんは、企業経営者でありながら、国家を憂い、政治を憂い、「このままでは日本はあかん」と私財を投じて人材育成に乗り出した。政経塾の原点は、権力の獲得ではない。国家百年の計を担う人物を育てることだった。

繁栄とは何か。
豊かさとは何か。
政治とは何のためにあるのか。
幸之助さんは常に「衆知を集める」ことを説いた。独りよがりではなく、英知を結集せよ、と。

三分の二の議席は、独走の免許証ではない。むしろ、衆知を尽くせという国民からの厳命である。国家を思うとは、対立を煽ることではない。国家を思うとは、分断を深めることでもない。

違う意見を包み込みながら、なお大きな方向へ導く胆力である。
幸之助さんは言った。「政治は生活である」と。防衛も、憲法も、外交も、財政も、すべては国民一人ひとりの暮らしに帰結する。

理念なき強行も、哲学なき多数も、いずれ歴史の審判を受ける。
高市首相。どうか原点に立ち返ってほしい。
なぜ政治家を志したのか。
何に憤り、何を変えたかったのか。
誰のための政治か。

全てはそこからだ。数は力である。
だが、信念はそれ以上の力である。

国家を思う静かな情熱。
それを胸に、兜の緒を締め、日本を導いてほしい。この圧勝が、歴史に残る成熟の一歩となるか、単なる勢いの記録に終わるか。答えは、原点に戻れるかどうかにかかっている。

そんな思いにかられる。自民党の圧勝である。Goto

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