生きる

医師の使命と新聞の役割。

新聞の使命とは何か。権力を監視し、社会の出来事を正確に伝える。声なき人の声を拾い、数字の陰に隠れた暮らしを照らす。そして、読者に「あなたはどう考えるか」と問い掛けることである。

読売新聞の特集「生きる」に、沖縄の離島医療を担う37歳の医師が登場した。島民約300人、年間約40万人の観光客が頼る唯一の医療機関。医師、看護師、医療事務の3人で切り盛りする。患者は1日10人ほど。数字だけ見れば、のんびりした「島時間」である。

だが、現実は違う。代わりの医師が来ない限り週末も島を離れられない。診療時間外も携帯電話を手放せず、急病人が出れば昼夜を問わず駆け付ける。この医師も任期は2年。島民から「私たちには主治医がいない」との声が漏れる。

新聞は、医師不足という統計だけでは見えない、人の不安と医師の覚悟を丁寧にすくい上げる。私ですら立ち止まり、考えさせられる。これこそ、新聞がなくてはならない理由である。

厚生労働省によれば、2024年末の全国の医師数は34万7772人。人口10万人当たり280.9人で、数そのものは増えている。医療施設で働く医師は33万1092人、そのうち診療所勤務は11万1699人である。

問題は、総数ではない。何処に、何科の医師がいるかである。都市部には「医療銀座」と呼ばれるほど診療所が並ぶ一方、離島や山間部では、たった一人の医師が地域の命を背負う。産科、小児科、救急などにも著しい偏在がある。国民皆保険の下、保険料は同じように納めるのに、受けられる医療が住む場所で違う。これを本人の自由な選択だけに任せてよいとは思えない。

医師とて一人の生活者である。家族もあれば、専門を深めたいという希望もある。使命感だけで僻地勤務を強いては続かない。地域枠の充実、大学病院からの交代派遣、複数医師による輪番制、遠隔診療、十分な処遇と休暇、家族への支援まで、国が責任を持って仕組みにせねばならない。

「生きる」とは、自分の命を大切にすることだけではない。他者の命を支え、自らも支えられていると知ることである。医は仁術という。きれい事かもしれない。しかし、きれい事を捨てた社会に、人間の温もりは残らない。

離島で携帯電話を握り締める一人の医師。その姿を全国に伝える新聞。どちらも、人の「生きる」を支える尊い仕事である。Goto

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