「酷暑日に 揺れに濡らされ 八月尽」
八月も今日で尽きる。
月の末日を、昔は「尽日(じんじつ)」と呼んだ。そこから生まれた季語が「八月尽」。
ほかの月よりも、どこか「終わりゆく」感が強い。残暑はなお厳しいが、蝉の声にも、朝夕の風にも、夏の名残が漂う。存分に、ゆく夏を惜しみたい。
しかし、今年の八月は感傷に浸るには、あまりに大自然が暴れ過ぎた。
七月二十八日、熊本を襲ったマグニチュード7.1、最大震度7の「令和八年熊本地震」。その傷も癒えぬうちに台風13号が九州方面を襲い、続く台風15号は東から西へ進む「逆走」。統計開始以来初めて茨城県に上陸した。天地の向きまでひっくり返ったかと思わせる異例の進路である。
十三、十四日には千葉県を線状降水帯が襲った。一時間に百ミリを超す猛烈な雨。道路は川となり、家々は水に浸かり、動けなくなった車が幾千台も取り残された。阿蘇山の火山活動、茨城県南部の地震、相次ぐ台風――北陸に降る容赦ない雨、まことに「災害列島」の八月であった。亡くなられた方々の御霊に、心より哀悼の誠を捧げます。被災された皆さまにお見舞いを申し上げ、一日も早い生活の再建を祈ります。
災害を笑いや風刺にするのは不謹慎である。
だが、人間の驕りや政治の鈍さ、社会の矛盾まで黙って見過ごす必要はない。
三島由紀夫は「ユーモアには毒がないが、風刺には毒がある。だからユーモアは人を怒らせない」と言った。ソ連の独裁体制を豚たちの農場に託して暴いたジョージ・オーウェルの『動物農場』など、風刺は権力がまとったベールを無作法に剝がし、「本当のところ」を白日の下にさらす。
「人の世や 嗚呼にはじまる 広辞苑」橘高薫風
朝日川柳は来年で半世紀という。時代を笑い、権力を刺し、愚痴にも冷笑にも堕ちない。上機嫌を旨とする私には、一服の清涼剤である。
ところが肝心の朝日新聞本紙、この頃いささか毒気が薄い。無難で上品、角を丸めて優等生。風刺が人を怒らせるのは、急所を突かれた証拠でもある。新聞命の私だからこそ、愛を込めて一句。
「川柳に負けじと毒を吐け朝日」
夏は去っても、新聞の牙まで抜けてはならぬ。これ、私の「八月尽」である。Goto


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