どんな困難・状況に置かれても「吐く息は感謝であれ」・・本を読む所以です。
気象庁の予報は予報として、秋本番です。
秋の夜長、誰が何と言おうと私は読書ですね。
きれいな月を眺め、虫の音を楽しみながら、縁側でイカの塩辛などを肴に、私の好きな美濃の酒、百春のぬる燗で杯を傾ける。冷んやりした夜風が頬をなで、ほろ酔い気分になったところで、書斎と自称する二畳半の小部屋にこもって小説を開く。秋の夜、これ以上の至福はありません。
本を読む意味は、知識を得ることだけではないでしょう。先人の考えに触れ、自分の知らない世界を知り、人の心や生き方を考える。読書は、心を養い、自分を少しずつ高めてくれるものだと思います。
けれど、日頃本から遠ざかっている人に、いきなり難しい本を読もうと言っても、なかなか手が伸びないかもしれません。そんな方には、まず小説から入るのがよいのではないでしょうか。私は疲れた時は好きな作家の小説です。
物語なら、登場人物の喜びや悩みに心を寄せながら、自然とページをめくっていけます。気がつけば本の世界に入り込み、「もう少し読もう」と思っている。小説には、読書の楽しさへ導いてくれる力があります。
小説は、科学や知識とは違う角度から、人が置かれた状況や、そのなかでどう生きるのかを考えさせてくれます。登場人物の選択に、自分ならどうするだろうと問いかける。物語を読むことは、いつしか自分自身の暮らし方や生き方を見つめることにもつながっていくのです。
今、手元に置いているのは、宮城谷昌光さんの中国歴史小説『公孫龍』です。宮城谷さんの作品は、疲れたときにも読みたくなります。(日本語の勉強にも)中国の歴史のなかを生きた人々の姿に触れると、心が静まり、また明日へ向かう力をもらえるように感じます。
思想家・安岡正篤先生の「六中観」に、「腹中書あり」という言葉があります。単に本を読みなさい、ということではありません。心身を養い、世の中を考え、学んだことを実際の生き方に役立てる。読書や勉強を通じて自分を磨き、生かされていることへの感謝を学ぶ。そうして心の内に蓄えたものが、困難に出合ったとき、自分を支えてくれるのだと思います。
「どんな状況に置かれても、吐く息は感謝であれ」。簡単にできることではありませんが、読書を通じて心を耕し、少しずつその境地に近づいていきたいものです。
秋の夜長、やらなければならないことも、やりたいこともあるでしょう。そのなかに、本を読む時間を少しだけ加えてみてはいかがでしょうか。まずは一冊、小説を開いてみる。私のこのブログを読んで、「本を読んでみるか」と思ってくださる方が一人でもいれば、こんなに嬉しいことはありません。Goto



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